研究課題
Y-ボックス結合蛋白質-1(YB-1)/dbpBは転写だけでなくDNA障害修復、ゲノム安定化RNA安定化など多様な制御を示すコールドショックドメインを持つ原始的な蛋白分子である。我々はがん細胞の多剤耐性を担うABCトランスポーターであるP-糖蛋白質/ABCB1/MDR1の制御因子であることを1994年に明らかにした。以来YB-1のがん細胞の悪性進展への関与について、現在まで研究を継続してきている。本研究ではYB-1ががん細胞の増殖や分子標的薬の感受性に関与するか否か、さらにがん患者の治療適正化への臨床的意義について明らかにしようとしている。近年胃がんに対する分子標的治療としてHER2/erbB2標的薬ハーセプチン(Trastuzumab)の有効性が報告され注目を集めている。我々は今回胃がん細胞でYB-1によるHER2発現と分子標的薬の感受性の制御について以下の研究成果を得た。1.胃がん細胞のYB-1をsiRNAによりノックダウンすると、EGFRファミリー蛋白質の中でHER2発現をより特異的に蛋白質mRNAレベルで抑制した。2.YB-1ノックダウンによりEGFRファミリーの中でEGFRとHER2を標的とするチロシンキナーゼ阻害剤Lapatinibの感受性が著明に低下した。3.胃癌の外科切除標本を対象にした免疫組織学解析によりYB-1の核内局在がHER2発現と有意に相関することが観察された。以上の結果から、YB-1-HER2経路は胃がんのHER2発現と分子標的治療適正化のために有用なバイオマーカーとなることを期待している。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的はYB-1とその制御遺伝子群を標的としたがん治療研究を発展させることである。そのためにYB-1を標的とすることにより、1.耐性がんの克服、2.がんの増大・転移の抑制および、3.新しい治療創出について基盤づくりを行うことを計画した。現在までに我々は、YB-1を標的とすることにより、ヒト胃がん細胞でEGFRファミリー遺伝子群の中で特異的にHER2発現を制御すること、さらに、HER2やEGFRを標的とする分子標的薬LapatinibやErlotinibの感受性をYB-1が著明に変化させることを見出した。さらに胃がん患者において、がん部位のがん細胞のYB-1核内局在がHER2発現と有意(P=0.026)に相関することが観察された。以上の結果は本研究の目標とする、耐性がんの克服と新しい治療創出に向けて貢献することが大きいと期待される。YB-1によるHER2遺伝子発現の制御に関する胃がん細胞における現在の研究成果は、これまで報告してきた乳がんや肺がん細胞を対象とした、基礎及び臨床研究の成果とよく一致する。このことは広く様々な癌においてYB-1がEGFRファミリー遺伝子の中でもHER2を制御していることを支持している。その分子メカニズムに関しては、既に構築しているYB-1の発現誘導Tet-Onシステムを用いて検討を進めつつある。他方、乳がんや胃がん細胞においてHER2遺伝子増幅にYB-1が関与し、がんの悪性進展に関与するか否かについても仕事を進めている。
我々は当初の計画に沿って本年度の研究成果を更に発展させるとともに、以下のことをさらに推進させて本研究を達成させていきたい。すなわち、1.YB-1のHER2やDNA合成関連のcdc6遺伝子の発現を制御する分子メカニズムを明らかにする。そのために胃がんや乳がんその他のがん細胞を対象にYB-1の発現誘導Tet-Onシステムを構築したので、HER2やcdc6遺伝子の発現様式とがん細胞の特異性の有無を検討していく。2.YB-1の発現が甲状腺癌の悪性度や分化度と相関するか否かを、YB-1のファミリーの一つdbpCの発現と対比しながら免疫組織学的解析を進めていく。3.YB-1は乳がんのオンコジンであり、ゲノムの安定性の鍵を握っていることが知られている。またHER2の遺伝子増幅は乳がんで広く観察され、乳がんの予後因子であると考えられている。我々は、HER2遺伝子増幅にYB-1の発現が関与しているか否かを、乳がんや胃がんのがん組織を対象にFISH法や免疫組織染色法で解析を進めていく。4.YB-1の発現誘導システムを用いて、がん細胞の増殖や転移に対するYB-1の効果を明らかにする。と同時に動物治療実験系で、YB-1のがん増大や転移への治療効果について明らかにする。
該当なし
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