研究課題
本研究の目的は,世界最高水準の微小領域の安定同位体比分析手法を活用して(1)底生有孔虫の安定同位体組成に影響を与えるvital effect の特徴を理解し,その特性をもとに(2)海洋底層水の安定同位体組成を正確に復元するための解析手法の構築を目指すことを主目的としている.平成24年度は日本近海で得られた底生有孔虫を研究対象に, これまで分析することができなかった微細な底生有孔虫殻の酸素・炭素安定同位体比を1個体毎に分析をおこない,同種内の同位体組成個体分散と海水および間隙水同位体値との比較をして, vital effect が生息環境による影響が強いのか,もしくは殻形成時の物理化学プロセスに起因する要因が強いのかについてを検討した.生物源炭酸塩の安定同位体組成を微小領域で,かつ,高精度で分析すればするほど明らかになる問題がある.それは,炭酸塩試料を大量分析した時には平均化されて見えなかった同位体組成の不均質性であり,微小領域分析ではこれが分析データのノイズとなり,解釈を複雑にする場合があるというパラドックスである.しかし視点を変えて考えてみると,高精度・高感度の分析法を用いることによって,微小領域での同位体の不均質性(=同位体組成分散)が有る種と無い種をはじめて区別できるようになったと言うことができる.オホーツク海の試料を用いた本年度の研究で各種有孔虫殻を個体別に分析してみると,vital effect の大きさと種内の同位体比のバラツキに強い相関があり,その特性をもとに推測した底層水の同位体組成 が実際の底層水同位体組成と一致するという特性を見出した(Ishimura et al., 2012).一方で,この特性が一般化可能かどうか,また他地域の海洋底でも見出せるかどうかの検証が今後の課題であることを認識した.
1: 当初の計画以上に進展している
生物源炭酸塩の安定同位体組成は微小生息環境の化学組成・温度・vital effectなどに影響され解釈が複雑である.Ishimura et al. (2012) ではvital effectは有孔虫種毎で検討するよりも,有孔虫という分類群全体で捉えることにより,そのトレンドを明確に浮き彫りにできることを明らかにした.そして同位体組成の個体分散をもとにして底層水の安定同位体組成を的確に反映する種を選択的に抽出して分析に用いることが可能であることを明らかにした.同時に,同位体個体分散(=同位体比のノイズ)を利用して有孔虫種の同位体指標としての有効性の度合いを数値化することに成功し,より正確な環境指標を構築できることを見いだした.結果,当初の計画に加えて新たな研究の発展性を見いだすことができた.
前年の研究を踏まえ,底層水指標最適種の認定と汎用化を推進する.まず(1)地域・時代とも広範囲にわたって 産出し,(2)古海洋指標としての利用価値が高く,(3)同位体分析結果から海洋深層の環境変化に鋭敏だと推定される種を選定して分析をおこない,底層環境指標種として今後の応用を提言する.検討対象とする種は.まず海洋1000m 以深に広く分布する Bulimina 属と,次いで古海洋研究で用いられることが多いUvigerina 属を研究対象にする.研究試料としては太平洋高緯度域で採取した表層堆積物試料を用いる.この試料は同一のマルチプルコア試料を用いて,底生有孔虫殻および間隙水の炭素酸素同位体組成と各種溶存イオン等の化学組成を分析している試料であり,これまでになかった有孔虫殻同位体組成と間隙水化学組成とを厳密に比較することができる貴重な試料である.この試料を用いて,生態情報や生息環境の物理化学的な諸要素を詳細に比較し,底生有孔虫の vital effect による影響を理解すると共に,今後の微量炭酸塩分析の有効な活用方針を検討する.
本研究課題初年に当たる平成24年度は4月と7月の二度にわたり所属機関を異動したため,当初の研究費使用予定スケジュールの変更をおこなった,関係研究機関との連携による研究推進と異動先での基盤整備に重点を置きつつ,研究費使用計画も適宜調整しながら当該課題を推進しており,平成25年度も研究計画に沿って研究課題を推進できる予定である.次年度の研究費は,分析に関わる消耗品や試料選定および学会参加などの旅費,研究成果の取りまとめに用いる.
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件)
Biogeosciences
巻: 9 ページ: 4353-4367
10.5194/bg-9-4353-2012