生物炭酸塩骨格中に含まれる微量元素の化学形態を指標として、古気候・古環境を読み解く新しい分析手法の開発を実施した。本研究ではpHに注目し、pHの指標となる環境指標の探索と分析手法の原理検証を目的として研究を行った。分析では、励起波長を任意に制御可能な放射光を光源とし、軟X線を検出可能な窒化ケイ素窓を搭載した半導体X線検出器を用いて微量元素の検出を行った。目的とする元素吸収端近傍でX線エネルギーを変化させ、軟X線吸収分光法によって元素の化学形態を識別する。同時に、試料位置を捜査しながら蛍光X線信号を検出することで、試料の形態を損なうこと無く化学形態を識別した微量元素分布を測定する手法を確立した(XRF/XAS法)。 pHの環境指標としてホウ素に着目して研究を開始したものの、ホウ素のK殻電子励起では蛍光X線緩和確率がきわめて小さく、さらにホウ素のKα線の真空窓の透過率が数%と低いために検出下限が1%程度であることから、本手法のホウ素への適用は困難であるとの結論に至った。そこで、同じくpHの指標としての可能性が示唆されている硫黄に対象を切り替えた。宝石サンゴ骨格や淡水二枚貝殻などを対象として硫黄のXRF/XAS分析を実施したところ、それらの骨格には複数の化学形態を持つ硫黄が混在しているとともに、その空間分布は強い化学形態依存性を持っていることを明らかにした。 従来、硫黄は有機物の指標になると考えられてきたが、本研究では、宝石サンゴ骨格においては明瞭な成長線を示しているのは無機硫酸であることを明らかにした。この結果は、微量元素が持つ環境指標としての意味を正しく解釈するためには、化学形態を識別した微量元素分布測定が不可欠であることを示している。本研究によって、化学形態を識別した微量元素の利用が環境指標として有用であること明らかにし、新たな古気候・古環境復元へと展開する足掛かりを築くことができた。
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