放射線や変異原物質が誘発するゲノム損傷の構造と量は,機器分析技術の進歩により精密化・高感度化し,生理的に意味のある暴露レベルで解析が可能になってきた。これに加え,ゲノム損傷の重篤度に関与する第三の因子として「DNA二重らせん上の損傷分布(損傷多重度)」の重要性が,理論研究およびモデル実験から示唆されている。本研究では,走査型プローブ顕微鏡を用いた直接観察により,多重DNA損傷の一般的な解析手法確立を目的として研究を行った。前年度は,モデルDNAに複数の脱塩基部位を導入しビオチンを含むaldehyde reactive probe (ARP)で脱塩基部位を標識する方法を確立した。本年度は,次の段階として,ARP標識DNAと抗ビオチン抗体をインキュベートし,ゲルシフト法により結合した抗体数を調べた。ARP修飾DNAより移動度の遅い生成物が認められ,その移動度はDNAに含まれる脱塩基部位数に依存していた。抗体量および反応時間を変化させて検討した結果,損傷部位を定量的に抗体標識することが可能となった。走査型プローブ顕微鏡観察では,遊離抗体を事前に除去する必要があることから,ゲル濾過および透析による方法を検討し除去条件を最適化した。精製した抗体標識DNAを走査型プローブ顕微鏡で観察した結果,予想される位置に抗体が結合したDNAが観察された。また,放射線照射したプラスミドDNAをDNAグリコシラーゼ処理し,DNAのコンホメーション変化を調べた。この結果から,損傷塩基を脱塩基部位に変換するための酵素量を決定した。さらに,放射線照射した細胞から精製したゲノムDNAのDNAグリコシラーゼ処理とARP標識を行った。現在,DNAを抗体標識し走査型プローブ顕微鏡で観察している。
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