研究課題
挑戦的萌芽研究
本研究では、酸化ストレスに対する硫化水素(H2S)の応答メカニズムを、含硫アミノ酸代謝調節の観点から明らかにすることを目的とする。H2Sはガス状分子のH2Sとイオン状のHS-の平衡状態で存在しているが、チオールの蛍光プローブとして知られるmonobromobimane (mBBr) は、HS-と反応することによりSDB (sulphide dibimane) を産生する。これを利用し、組織中のH2Sを定量する方法を確立した。この方法を用いて、定常酸素濃度条件(20%)と低酸素濃度条件(8%)それぞれで飼育したマウスから摘出した脳組織中のH2Sを定量したところ、低酸素濃度条件下でH2Sの有意な増加が認められた。この結果は、低酸素濃度条件ではヘムオキシゲナーゼ-1の酸素添加反応活性が低下し、一酸化炭素産生量が低下することによって、含硫アミノ酸代謝酵素であるCBS (cystathionine beta-synthase) の活性阻害がはずれ、含硫アミノ酸代謝が活性化することによって硫化水素の産生量が上昇するという我々の作業仮説に矛盾しない。そこで次に、CBSノックアウトマウスについても同様の手法で低酸素条件下での脳のH2S産生量について検討を行うため、まず定常酸素分圧下で、野生型とCBS KOマウスでの比較を行ったが、脳組織中のH2S濃度に有意な差は認められなかった。脳では部位ごとにCBSの発現量が異なり、特に小脳で発現が高いことが知られている。そこで、マウスの脳を部位ごとに分け、大脳、小脳それぞれでH2Sを定量した結果、大脳 (3.74pmol/mg tissue)に比べて小脳 (5.43pmol/mg tissue)でH2Sが多く検出された。よって今後は、CBS KOマウスについては小脳で硫化水素産生量の検討を行う予定である。
2: おおむね順調に進展している
今年度、CBS KOマウスの低酸素濃度条件下での脳のH2S産生量について検討を行う計画であったが、これまで脳組織中のH2S測定は全脳を使用していたが、CBS KOマウスについては小脳をサンプルとして検討を行う必要があることがわかった。サンプリング部位の検討により全脳では検出されない僅かな差が、CBSを高発現している小脳に限って測定することにより検出可能となることが期待される。さらにH2S由来の硫黄原子のプールは2種類存在し、鉄硫黄クラスター中の硫黄原子など酸性条件下で放出されるもの(酸不安定型硫黄)と、タンパク質のシステイン残基などのチオール基にさらに硫黄が結合し、還元条件下でH2Sを放出するもの(結合型硫黄)がある。これまでのサンプルの前処理方法では、タンパク質を含む組織抽出液中にmBBrを添加していたが、この方法では酸不安定型硫黄や結合型硫黄由来のH2Sも測定している可能性が示唆された。そこで、前処理方法を再検討し、組織抽出液からタンパク質を除去した後にmBBrを添加したサンプルでSDBの定量を行った結果、その定量絶対値はタンパク質を含む組織抽出液中にmBBrを添加したときの約10分の1となったことから、当初の方法では酸不安定型硫黄や結合型硫黄由来のH2Sも含めた存在量の過大評価をしていた可能性がある。以上のように、H2Sの定量方法の修正が必要となったことが今年度の当初の目的よりも遅くなった原因であるが、H2Sという反応性が高く定量が難しいといわれる分子の定量方法の最適化ができた点でおおむね順調に研究が進んでいると思われる。
CBS KOマウスの低酸素濃度条件下での脳の硫化水素産生量について、サンプルを全脳から小脳に変更し、引き続き検討を行う。まず定常酸素濃度条件(20%)で、野生型に比べてCBS KOでH2Sの量が低下していることを確認の上、低酸素濃度条件(8%)での検討を行う。さらに、ストレス応答性の転写制御因子で、グルタチオン合成酵素、ヘムオキシゲナーゼ-1、そしてシスチントランスポーター (xCT)などの発現を制御しているNrf2に着目し、Nrf2 KOマウスでも同様の実験を行うことにより、低酸素濃度条件でのH2S産生量の増加がNrf2制御下の酵素を介した応答であるか検証を行う。また、低酸素濃度条件でのマウスの脳の含硫アミノ酸代謝リモデリングをCE-MS(キャピラリー電気泳動質量分析装置)を用いたメタボローム解析により検討を行う。CE-MSによるメタボローム解析では含硫酸アミノ酸代謝を構成する主要な代謝中間体をほぼすべて高感度に定量することが可能であるため、低酸素濃度条件下にさらされたときの含硫アミノ酸代謝産物を定量することにより、H2S産生量の増加のメカニズムやグルタチオン合成との関連を検討する。マウス脳組織をサンプルとしたメタボローム解析法はすでに確立されており (Hattori K, et al., Antioxid Redox Signal, 2010)、加えて、15N-MethionineやD8-Homocystineを用いた含硫酸アミノ酸代謝経路のフラクソーム解析も併用し、検討を行う。さらに、生脳組織切片上のH2SのMALDI-MS-imagingについても引き続き検討を行う。
今年度は、脳組織サンプルの前処理条件の再検討を行ったため、CBS KOマウスを用いた検討が予定より遅れたことから、マウスの購入、飼育に必要な費用が消費されず、翌年度へ繰り越しとなった。次年度は、「旅費」として10万円、「印刷・複写費・論文別刷り費」として10万円、残りを消耗品として計上し、消耗品のうち、「動物飼育維持費」として50万円、「試薬類」として50万円、残りを「ディスポーザブル器具」として計上する。
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