現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度,研究代表者は「慈雲と天台僧たち─『法華陀羅尼略解』の位置づけをめぐって─」を『文藝言語研究 文藝篇』第62巻(2012年),1-41頁に執筆した.この中で,上記「研究実績の概要」に記したような結論のほか,天台律宗と正法律に共通する要因として,朝夕の勤行における「五悔」的要素の共通性が指摘することができた.慈雲が最晩年に『法華経』の陀羅尼を取り上げてその注疏を記したのは,『妙法蓮華経』を儀軌化した『観智儀軌』のうちに,天台系の「法華懴法」と真言系の「五悔」が併せ含まれているという事実に彼が注目したためと考えられる. また,これは想定外の成果であったが,ハンガリーの書評専門誌KLIOへの執筆依頼があり,研究代表者が2010年に「慈雲尊者と悉曇学~自筆本『法華陀羅尼略解』と「梵学津梁」の世界~」と題して筑波大学附属図書館で開催した図書展示会のカタログを書評した.悉曇学は近代に至るまで日本で継承され,時期的に欧米でのインド学興隆に先立つところから,今後わが国における独自の文化的遺産として脚光を浴びるべきものと考えられる. このほか,比較宗教学領域での成果といえるものに,ギリシア教父・アレクサンドリアのクレメンス『ストロマテイス』に関する研究代表者の全訳プロジェクトがあり,本年度はその第1,2,3巻の邦訳を完成させた.『ストロマテイス』は,キリスト教文献の中で最も早く仏教に関する言及が認められる著述として著名であり,仏教をどのような形で,どのような意義のもとに世界次元で位置づけるかを考えた場合,極めて有効である. こうして本企画1年目の今年度は,主に本研究における「文献学的側面」の面に十分な達成が得られたほか,主として戒律の側面から『法華陀羅尼略解』に光を当てることができたと考える.これを密教学的次元にまでいかに止揚してゆくかを,第2年目・平成25年度の課題として設定しておきたい.
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今後の研究の推進方策 |
上述のように,今後は慈雲と『妙法蓮華経』の関わりをめぐり,密教史の視座で探求を深める予定であるが,その関連で検討したい課題として,わが国における『法華経』の受容史の問題がある.通常『法華経』といえば平安期の天台宗ないし最澄における受容が本邦における重要な一段階として位置づけられるが,最澄に先立ってわが国に「天台三大部」を請来したのは鑑真(688-763)である.慈雲は『仏弟子の意得』ほかの著述において天台三大部の研鑽を勧めるが,特に『摩訶止観』に対して篤い傾倒を見せる.慈雲は,密教に関しては西大寺系の叡尊そして空海の法統を継受する一方,戒律に関しては唐招提寺系の覚盛を経て鑑真へと遡源するため,天台三大部の受容においても,これを請来した鑑真を重んじたものと考えることができる.次年度は,密教次第の比較と併せ,鑑真を初めとする奈良天台の実態解明,そして正法律と他宗教との比較検討にも力を注ぎたい.
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