昨年度までの研究で確認されたことだが、M.トマセロに代表される発達心理学者や霊長類学者たちの大半は、援助行為のためには被援助者の行為の目的を知ることが必要であり、協力のためには行為者同士の目的の共有が必要だと結論づけている。以上をふまえ、最終年度の課題は、「行為の目的の共有」を生態心理学的にどのように捉え直せるかについて考察することとなった。第一に、J.J.ギブソンの社会心理学論文であるThe implication of learning theory for social psychology(1950)とこれと関連するE.リードの著作の読み直しを行った。第二に、子供の徒競走学習と赤ちゃんの食事学習を観察し(『動くあかちゃん事典』(2008)使用)、単に「走っている」状態が友達と競い合う「徒競走」に変化するプロセス、また単に「食べている」状態が他者とともに「食卓を囲む」に変化するプロセスを分析した。 文献から理解されたのは、ギブソンが規範を「他人と共有されている行為のパターン」と規定した上で、欲求充足的行為expedient behaviorと、他者と共有された望ましい行為(=規範)proper behaviorとでは、学習のプロセスが異なると考えていることである。ギブソンによれば、proper behaviorは人間同士の相互行為のなかで学ばれる。以上を前提に、観察を行ったところ、乳幼児にとって行為の目的は、環境からの誘発によって絶えずとりとめなく変化するということであり、保護者などがその目的の変容を禁止する形で規範が登場するが、ほとんどの場合この禁止を乳幼児は理解しないということであった。以上の研究成果は、日本現象学・社会科学学会第31回大会のシンポジウムにて発表された。また上記の考察のなかで得られた知見を応用し『ユリイカ』(第47巻第12号)および(第47巻第19号)にそれぞれ論稿を寄稿した。
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