研究課題/領域番号 |
24652036
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研究機関 | 高知大学 |
研究代表者 |
野角 孝一 高知大学, 人文社会・教育科学系, 講師 (50611084)
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研究分担者 |
平 諭一郎 東京藝術大学, 学内共同利用施設等, 講師 (10582819)
荒井 経 東京藝術大学, その他の研究科, 准教授 (60361739)
松島 朝秀 高知大学, 学内共同利用施設等, 准教授 (60533594)
高林 弘実 京都市立芸術大学, 美術学部, 講師 (70443900)
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キーワード | 支持体 / 野長瀬晩花 |
研究概要 |
本研究は描くもの(絵具)と描かれるもの(支持体)との関係性の中で、特定の支持体でしか表現できない絵画表現の独自性を再評価することが目的である。既存の絵画様式ではなく、制作者としての視点や原料や製法から絵画表現を帰納的に検証することによって、新たな視点から絵画における支持体と表現の関係性を明らかにする。そのために当初の計画に修正を加え、今年度は大きく2件の作品調査に取り組んだ。前年度の文献調査により、大正末期から昭和初期へかけて登場する巨大和紙以前の日本画における表現と支持体の関係性の中で、注目すべきは国画創作協会とその関連作家であることが判明した。今年度、とりわけ注目したのは野長瀬晩花と山口華楊である。 野長瀬晩花は紙をはじめ絹や布など様々な支持体を用いた作品を制作している。そこで和歌山県立近代美術館収蔵の野長瀬晩花作品14点における熟覧及び蛍光X線による彩色材料の分析調査を行い、支持体と表現の関係性について検証を行った。その結果、表現の差異、支持体、彩色材料から野長瀬晩花作品を大きく3つの作品群に分類することができた。すなわち表現によって支持体や彩色材料を変化させており、これらは密接に関係していることが判明した。 次に調査を行ったのは大阪大学総合学術博物館収蔵の山口華楊【向日葵】である。本作品は国画創作協会に出品し、落選したと考えられる作品で、綿布を支持体として制作がされている。本作品においても熟覧及び蛍光X線による彩色材料の分析調査を行い、支持体と表現の関係性について検証を行った。その結果、描画材として木炭や当時市販されたばかりの新岩絵具が使用され、新しい支持体や彩色材料と表現が密接に関係した新しい表現の試みが見受けられた。 本年度の調査結果は報告書として作成し、関連機関へ提出する他、平成26年度の大学紀要論文として投稿予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
和歌山県立近代美術館収蔵の野長瀬晩花作品14点を対象として、熟覧及び蛍光X線による彩色材料の材料分析を行ったことによって、膨大な情報が得られた。野長瀬晩花作品はこれまで蛍光X 線による材料分析はなされておらず、今回が初めての試みで14点に及ぶ分析データの収集は今後の研究によって意義がある。野長瀬晩花は表現の方向性によって、紙、絹、寒冷紗など様々な支持体を使い分け、表現を行っている。野長瀬晩花が渡欧による西洋画の影響を受けた以前と以後によって、表現が異なっている。特に日本画の彩色材料を用いて、西洋画的な表現方法の試みが見受けられ、支持体も和紙ではなく、寒冷紗が使用されている作品が見受けられる点が大きな特徴の一つであると言える。 大阪大学総合学術博物館収蔵の山口華楊【向日葵】では、意図的に布を縫い合わせ、一枚の画面を作り、仮張りに固定して制作がなされていることが指摘できる。布という支持体が選択された理由として、木炭の描写が特徴的で、予め布目を活かすことが想定されていた点にある。また布を支持体として用いる際に生じる環状の絵具の溜まりなどを利用し、立体感を表現するなど、布の特徴を把握した描写方法がとられている。さらに布目を活かした、絵具の塗布や、新岩絵具を厚く塗布し物質的に見せる工夫など、場当たり的でない綿密な計画を基に制作されていることが推察される。 平成25年度に調査を行った作品はいずれも日本画と西洋画、伝統的描画材と新しい描画材が混在する中で、それぞれの作家の目指す表現を獲得するために支持体や彩色材料が選択され、試行錯誤の中から生まれたものである。単なる表面的な見た目による分類ではなく、熟覧や彩色材料の分析等によって支持体や彩色材料との関わりから表現が生み出されていることが本研究によって明らかとなり、一定の成果があったと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度に行った和歌山県立近代美術館収蔵の野長瀬晩花作品14点及び大阪大学総合学術博物館収蔵の山口華楊【向日葵】の調査を基に、大学紀要として論文を投稿する予定である。 また平成25年度の成果を受け、平成26年度では京都市美術館収蔵の野長瀬晩花作品2点の調査を予定している。和歌山県立近代美術館において複数の野長瀬晩花作品の調査を行ったことから、晩花の技法材料に関する一定の情報が得られたが、それらには制作年や制作目的などに大きな幅があったことを踏まえ、本研究では特に国画創作協会への出品作品に焦点を絞って調査を進めることとした。 調査予定である【初夏の流れ】【水汲みに行く女】【海近き町の舞妓】は晩花の国画創作協会出品作品である。第1回展に出品された《初夏の流れ》は綿布を支持体にしているとされる。第5回展の【水汲みに行く女】には寒冷紗、第6回展の【海近き町の舞妓】には麻布(キャンバス)が支持体に用いられているとされている。晩花が国画創作協会に出品した6作品の中で、紙や絹以外の支持体が用いられている作品には、すでに調査を行った【スペインの田舎の子供】と上記3作品の合計4作品がある。 また、京都近代美術館収蔵の野長瀬晩花作品1点の調査を予定している。調査対象としているのは第3回展に出品された【夕陽に帰る漁夫】であり、本作品を加えると国画創作協会出品作をほぼ調査対象とすることができ、表現と支持体の関係性を比較する上でさらなる有益な根拠材料となることが期待できる。 これまで行ってきた和歌山県立近代美術館での作品調査と、平成26年度における京都市美術館及び京都近代美術館で行う網羅的な調査によって得られる情報は、大正期における晩花の日本画表現を考える上できわめて重要であり、支持体と表現の関係性からそれぞれの作品を体系的に位置付けることができ、その成果を論文としてまとめたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
美術館等での作品調査の際、レンタカーの使用により機材等の運搬に掛かる経費を抑えることが出来たため 平成26年度に予定している作品調査における機材運搬経費に充てる
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