最終年度は本課題の成果を総括する年度と位置づけ、イディッシュ語圏の伝統文化の成り立ちとその変革の特性ついて、計5回の研究例会「東欧ユダヤ文化研究会」で研究協力者らと議論と情報交換を行った。また、イディッシュ語圏の舞踏音楽文化に関する最新情報にアプローチするため、7月末から18日間、ドイツ・ワイマールにて開催された国際的なワークショップYiddish Summer Weimarに参加し、情報収集に努めた。その成果を京都市国際交流会館(6月8日)、ナムホール(京都市・岡崎、10月18日)、およびシアターカイ(東京・両国、11月13日)で開催した研究発表会で披露し、一般参加者らと共有することができた。 本研究課題を進める中で、聖書を中核とする伝統文化をその精髄として堅持しつつ、離散地のホスト文化の形式を枠組みに、独自の文化を再構成する営みが繰り返されていったことが、イディッシュの舞踏音楽文化の生成の特質として明らかとなった。すなわち、イディッシュ舞踏音楽が、カントール音楽(ユダヤ教聖歌)を核に、他のホスト音楽文化との接触・融合を繰り返す中で独自性とともに多国籍性を獲得しただけでなく、18世紀にはクラシック音楽との接触からイディッシュ・ロココ調の楽曲が数多く生み出されるなど、豊かな多様性を見せた。またこの特性は、19世紀中葉から20世紀初頭にかけてのハスカラ(同化)運動が、ユダヤ伝統に「西欧化」という内的変革を促した結果、ユダヤ系芸術家による美術分野への開眼・進出を演出した動機のひとつとして考慮に値する。 国内で実践的研究が進まない中で、イディッシュ音楽文化に対する基盤的理解を社会と共有する機会が多く得られたことに加え、東欧ユダヤ系芸術家を中心としたモダニズム芸術の本質理解のための新たな視座形成を目指すという本研究課題の当初の目的に一定の成果を提出することができた。
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