研究課題/領域番号 |
24652064
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
虎岩 直子 明治大学, 政治経済学部, 教授 (50227667)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 視覚表象と文学 / パブリック・アート / 北アイルランド / Sinead Morrissey / 記憶と癒し / 多文化共存 / 自己と他者 / 芸術と倫理 |
研究概要 |
24年度は本研究者が所属大学より一年間の特別研究を許可されたため、広く海外での取材・研究者との情報交換に努めた。 4月から25年3月まで(7月下旬、10月から11月末までを除く)はヨーロッパ地域の「パブリック・アート」を取材した。まずイングランド南東部に滞在しロンドン、ブライトンでの作品取材をした。加えてパブリック・アートのキュレーターであり、イングランド東南部の病院、学校、駅というパブリック・スペース、マルチ・メディアによるインスタレーションプロジェクトの責任者であるFrances Lord氏にインタヴューをしたが、これは資金源と実作者とキュレーターの関係について考察する材料となる。さらに、民族間紛争経験地域であるボスニア、北スペイン、ベルリン、ポーランドなど紛争の傷が視覚化されている土地で、パブリック・アートと紛(戦)争記念碑を中心に取材と資料収集に努めた。 7月末はカナダのモントリオール、コンコルディア大学で開催されたアイルランド文学・文化研究の国際学で口頭発表をした。2012年度の学会テーマは「文学」と「視覚文化」で、「アイルランド研究学科」と「視覚芸術学科」の共催である。本研究者はアイルランド在住のSinead Morrisseyの詩作品に登場するベルファストの「建築物」「銅像」など「公共空間の視覚的デザイン」に注目して、紛争後の「共同体」という「パブリック・スペース」とそこに暮らす「プライヴェット」の意識構造、「パブリック・アート」を含めて都市を操作・想像されていく視覚的な外観と、その外観の非連続性を示唆する「文学的イマジネーション」の差異について論じた。この論文は25年度出版の予定である。8月初旬までケベック州を中心に多文化主義の視覚的実践について資料を集めた。これに関しては24年度末に出版の「オタワにおけるパブリック・アートと多文化主義」で論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、表象文化活動によって共同体がどのように創造・操作されているか、とりわけ、戦争・紛争・災害とその記憶の記録、癒し、記念(碑)としての役割を持つ表象文化活動の、芸術としての意味と倫理性について、視覚文化と文学の両面から研究することであるが、24年度は特別研究年となったことを利用し、積極的に、研究中心に据えるイギリス諸島をはじめとする関連地域に出張・滞在して、視覚表象の資料収集とインタヴューに努めた。 具体的には、イギリス諸島、ヨーロッパの紛争・戦争の記録を視覚的に残している土地、大英帝国の植民の歴史につながるカナダ、インドなどに行き、伝統的なもの、新しい期間限定的なもの、財源が「パブリック」であるもの、反体制的な落書きなどの資料を集め、本研究の基礎固めを行った。当初計画にはなかったボスニアとポーランドにも出張でき具体的な活動としては目標を達成した。 本研究は、視覚的表象としては共同体との意志的な結びつきとメッセージ性の強い「パブリック・アート」に注目し、直裁な政治的メッセージ性を排除する傾向が強い「現代文学」と対照するが、「文学」としては北アイルランドの詩人シュネード・モリッシーの作品における「都市の視覚形象を描く意味」についての考察を国際学会で発表し、さらにモリッシーの作品の翻訳にも着手している。モリッシーは滞日の経験もある作家なので、他者(異文化)から見た日本を提示することは日本という共同体にとっても意義深い仕事になる。 また、カナダという多文化共存社会の旗手ともいうべき国家を視覚文化の視点から考察した論文も発行した。 以上のように、本研究の目標は概ね達成しており、課題は日本社会に直接訴えかけるかたちにまとめていくことである。
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今後の研究の推進方策 |
24年度はイギリス諸島とカナダの「パブリック・アート」を、他の紛争経験地域及び植民地経験地域と比較しながら、多文化・多価値社会を念頭において取材してきた。25、26年度も短期出張を重ね、「場所特定型」(site-specific)の視覚形象の取材をしながら、イギリス・アイルランド・カナダの「トラウマと記憶・記録」を中心とした「文学」作品と「視覚表象」との比較研究を行う。特に「紛争後の北アイルランド」・「仏英語共存のケベック」「英国のマイノリティ」に関する作品を分析考察する。 具体的には、まず平成25年7月に、オーストリアのインスブルック大学で開催される英語文学学会と、北アイルランド・ベルファストでの学会参加発表を予定している。前者にはアフリカ、インド、フィリピン、西インド諸島などの植民地経験によって英語を母国語とする国々からの実作者と研究者が集うので、多文化共存状況での活動・研究成果に出会えるだろう。またベルファストの学会のテーマは「都市と文学」であり、本研究のテーマと呼応する「共同体の視覚的なものと文学の関係」を探るものであり、差参加研究者との意見交換が期待できる。 「空間的な特定の場」を成立の要件として「メッセージ性」の強い「パブリック・アート」と、「特定の場所や時間」を作品内で描き出したとしても「空間芸術」ではない、それゆえに「空間的制限」に縛られない「文学」という、<イマジネーション>が形を取る際の二つの媒体には大きな差異がある。その差異が、多元化していく共同体の「パブリック」と「プライヴェット」の関係と、「プライヴェット」の集合体であるはずの「パブリック」共同体内のマイノリティ「他者集団」に与える「パブリック・アート」の「違和」と「文学」による補償を想定し、「共同体」における文化表象の倫理的役割を考察して、日本という共同体の考察にも反映させたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
1.設備備品費: 現地調査のための準備および資料の分析のための専門書籍の購入代を計上する。 2. 消耗品費: パブリックアートとその周辺環境の撮影のため、小型デジタルカメラを購入する。また現地でインタビューを記録するための撮影機器を計上する。 3. 外国旅費: 25年度は学会発表と資料収集を兼ねて夏季にインスブルック(オーストリア)、ベルラスト(北アイルランド)、イングランド、ベルリンに出張する。また冬・春季にそれぞれ15日程度の出張を予定しており、1年に2回分の渡航費と宿泊費日当(15000円程度に抑える)を計上する。パブリック・アートのサイトスペシフィック性から現地で取材・経験することが研究上必要である。 4. 人件費・謝金: インタビューには専門知識の提供への謝金として1回8000円、出張中3回程度を予定している。またインタビューを文字化する作業のためのアルバイト謝金を計上する。 5. その他経費:積極的に国際学会および論文発表するため、論文校閲代を計上する。
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