研究課題/領域番号 |
24652064
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研究機関 | 明治大学 |
研究代表者 |
虎岩 直子 明治大学, 政治経済学部, 教授 (50227667)
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キーワード | parallax・視差 / appropriation・借用 / 視覚文化と文学 / 北アイルランド / Sinead Morrissey / 芸術と倫理 / インターメディア / グローバリゼーションと多価値共存 |
研究概要 |
25年度:前年度に引き続き、多文化共存を強めていく共同体がどのように創造・操作されているかとうことを、視覚文化と文学の両面から研究した。本研究者が長年取り組んできたイギリス諸島の文化、とりわけ南東イングランドのルーイスと北アイルランドのベルファスト周辺とそこを拠点に活動する視覚芸術と文学作家の作品を、作家とキュレーターへのインタビューを含めて、特にappropriation(「作品借用」)とparallax (「視差」)の観点から研究分析したが、こうした観点は、視覚的に権力操作されている現代社会一般の状況を暴露し、新たな社会倫理を創造していく上で重要である。 具体的成果:7月中旬にインスブルック大学で開かれた英語文学学会において、北アイルランド詩人Morrisseyの作品を分析して、共同体の中の視覚表象がいかに共同体を政治的に意味付けていくか、また文学作品が、視覚を通して特定の政治に支配されている共同体の実情をあらわにして、解放していく力を持ちうるということを中心に論じた。この論文は25年度末に出版された。 7月下旬にはベルファストのクイーンズ大学で開催されたInternational Association for Irish Literatures学会参加して、Morrisseyの詩集『パララックス』(2013)に納められた作品を論じ、「視覚」によって「真実」あるいは普遍的倫理にいかに近づくか、という問題を考察した。また、さらにこの論文を発展させ10月に、IASIL Japan学会のシンポジウムにおいて、「視差」によって既存の体制によって定められた「境界」を超えていく可能性について論じた。この発表は論文として26年度に出版予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、表象文化活動によって共同体がどのように創造・操作されているか、ということを、視覚芸術と文学それぞれの特色に着目しながら、分析研究することである。当初は、共同体との意志的な結びつきとメッセージ性の強い「パブリック・アート」と、直截な政治的メッセージ性を排除する傾向が強い「現代文学」を対照していたが、現段階では、さらにひろくドキュメントとしての写真やTVプログラムにも視野を広げている。 「アート」という言葉が連想させる「フィクション」が、芸術作品というより記録・記念写真や映像にも深く関わっているということは、写真学映像学では既に広く論じられていることではあるが、文字表象との交差領域ではそれほど研究がなされていない。「フィクション」と「ドキュメンタリー」という問題も含めて、本研究の目的は、「パブリック・アート」から逸れているというより、さらに深まっていると考えている。 また、当初は明確でなかった「視覚芸術」と「文学」の交差についての考察の方法と中心となるテーマについて、昨年の研究によって、「借用」という方法と「視差」という観念に至った。 共同体の特色創造と特色解体を繰り返しながらしている人間の表象活動と、芸術作品(ドキュメンタリーを含む)と社会共同体の関係、さらに芸術作品が持つ共同体倫理を導く力についての考察は、方法分析と中心観念分析の明確化によって、具体性がさらに強くなって「研究の目的」は達成に近づいているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
26年度は前年度に引き続き、視覚芸術と文学作品の関係と社会における倫理的役割について、制作者・作家へのインタヴューを参照しながら研究する。とりわけ「借用」という手法と「視差」(parallax)という物理的な用語から転じて最近は観念思想領域で注目されている観点を中心に考察したい。 「借用」は「作家」の個性を問題化し、オリジナル偏重の傾向を持つルネサンス以降の芸術活動に疑念を提示しながら、オリジナルの制作者とそれを様々な度合いで借用する制作者の歴史社会的背景の差異をあらわにしていく方法で、古代から行われてきた芸術活動の基本であるが、20世紀後半以降、グローバリゼーションが進展し、他者文化についての意識が鮮明になってくるにつれて、ますます用いられている手法である。この方法は「作品」という場での「作家」「受容者・作家」「受容者」のコミュニケーションを活性化する仕掛けでもあり、社会と芸術の関係の考察を目的とした当研究の重要着眼点である。「借用」については、インターメディア、すなわち、絵画と文学、映画とオペラ、というように、メディアを跨いで行われている「借用」に注目し、それぞれのメディアの特徴を分析、それぞれの現代社会における役割を考察したい。 また、近年思想・哲学・認識学など様々な領域で注目されている「視差」の観念は、様々な視点が交差したところに浮かび上がってくる「実態」認識を目指し、多価値共存型世界における「視差を意識した見方」を推奨する。「視差」という視覚と密接に結びつく観念を中心に、ひとつの対象の様々なメディア表象を考察していく。 具体的には、「視差」をテーマにMorrisseyの作品とMorrisseyが借用した作品と受容者の関係を分析し、グローバリゼーションを経験しているといわれている社会における芸術の役割を考察する論文を執筆発行する。
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