最終年度は本研究課題に関連して論文3件発行に加え、口頭発表2件とシンポジウム参加を行った。 論文は北アイルランド在住の詩人Sinead Morrisseyの詩作品とパブリック・スペースの視覚的イメージの関係についてである。帝国に支配された過去をもつ共同体で、その過去の記念碑的な役割をしている視覚イメージの読解の修正可能性を示唆する文学作品の役割、視覚イメージと文学の持つ倫理的な役割について論じた。3論文では異なった詩集を取り上げ、北アイルランド紛争終結直後から時間軸に沿って、詩人が着目する視覚対象が異なるだけでなく、固定膠着した視点から移動していく視点を導入していくことなどを示唆した。 口頭発表は、紛争を経験した土地に共存する対立する集団のあいだの和解の可能性について、ジジェクが展開した「視差」という観念を中心に論じた。本研究は視覚的イメージの文学における借用を分析的に論じることによって、文学と視覚芸術が「現実」を反映する差異について考察したが、最終年度の口頭発表は本研究課題を「視差」という観点から発展させていく可能性を目指した。 11月には公開シンポジウム <ヘテロトピア:異他なる空間>へ ―映像・景観・詩―にパネリストとして参加した。「ヘテロトピア」は、資本やテクノロジーが最大の統括規範となってきた現代世界で、フーコーによる「反=場所」としての提唱以来、規範と反規範の関係を具体的な「場所」「空間」に関連させて考察する装置として注目されてきた。本シンポジウムは芸術・記録写真史・社会地理学・社会文化論・芸術制作、様々な角度から「ヘテロトピア」の実践を検証するものであり、具体的にはアメリカインディアン、アイヌ、圧制下のアルゼンチン、北アイルランドという、権力支配を経験した共同体を空間として視覚的に考察するもので、本研究課題が「ヘテロトピア」研究と連結する発展を見た。
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