本研究は、シャムの最後の朝貢使節が帰国した1854年から20世紀初頭に至る約半世紀間におけるタイ(シャム)と中国との経済関係について、「無朝貢・無条約」という正規の外交関係なき条件に着目し、両国間の経済的関係の実態と貿易や移民の拡大にともなって派生した諸問題に対する双方の対応を、タイ側の史料を軸に、中国側等の史料を照らしあわせながら検討することを目的としている。本年度における調査と研究成果は以下のとおりである。 (1)アジア交易史の領域で、近年多くの新たな成果が見られることから、シャム史のみならず、広域アジアの経済関係に関する先行研究を広くあたり、シャムの対中国経済関係を位置づけるべく再検討した。 (2)徴税請負人の経済活動と役割について、バンコクおよびプーケットなどの地方を事例として、主としてタイ語アーカイブ史料を収集した。そして20世紀初頭にシャムの地方において徴税請負人として富を蓄え、海運や錫鉱山開発などのビジネスを展開しつつ、地方統治者としてシャムの行政改革にも携わった一華人を事例として、地方の華人が、華南や北京にも広がるビジネスネットワークを活用しながら、シャムと中国との外交交渉にかかわるさまを検討した。これらの華人たちは、自らのビジネスの利や政治的立場を守るべくそれを可能にする外交的条件の構築に努める一方、シャム政府もその情報ネットワークを利用して中国側の政治情勢を得ており、両者の間には緊密な協力関係が築かれていった。
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