研究課題/領域番号 |
24653011
|
研究種目 |
挑戦的萌芽研究
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
村上 正子 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (10312787)
|
研究分担者 |
安西 明子 上智大学, 法学部, 教授 (40278247)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
|
キーワード | 子の引渡し / ハーグ条約 / 国際的子の奪取 / 国際的子の返還 / 強制執行 |
研究概要 |
今年度は、国会に提出されたハーグ条約実施のための国内法案の中でも、特に子の返還の実現方法(執行)の枠組みを踏まえたうえで、従来の子の引渡しの執行についての審判例の検討を通して、子の引渡の強制執行についての問題点を整理した。また、アジア諸国の中で最近ハーグ条約に加盟し国内法を整備したシンガポール共和国など諸外国における議論を整理することで、子の返還の実現過程における裁判外紛争処理(ADR)が重要視されていることがわかった。 従来子の引渡の執行方法については、直接強制か間接強制のいずれが認められるかを中心に議論されてきたが、近時の民事執行法改正により、債権者が事案の態様によって執行の方法を選択することができるようになり、子の引渡という執行債権の性質から強制執行の方法を限定するのではなく、事案に則した執行方法による実現を追求するべきである。近時の審判例の分析を通して、今後検討するべきなのは、直接強制の可否ではなく、執行方法の併用あるいは段階的な実施も視野に入れた柔軟かつ実効性のある実現手段のあり方であることを確認した。この立場は、ハーグ条約担保法案において、間接強制と代替執行の申立てという段階的な執行方法の実施が具体的に定められたことによっても支持される。このことは、ハーグ事案のみならず、今後の国内の子の引渡し事案における強制執行にも少なからず影響を与えると予想される。反対に、担保法案で詳細に規定された執行官の協力による執行方法の運用にあたっては、従来直接強制による執行の具体的方法をめぐって展開されてきた議論が参照されることになると思われる。 今年度は、ハーグ条約担保法案によって具体的に示された執行の枠組みと従来の議論を比較検討することで、従来の議論の問題点を洗い出し、より汎用性のある理論の構築に向けて今後の方向性を明らかにしたことに意義がある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は、ハーグ条約の国内担保法案において子の返還のための実現方法が具体的に規定されたことを受けて、その執行方法を実効的な手続として運用していくためには、その理論的根拠及び運用の指針のあり方について、従来の子の引渡しに関する審判例及びその執行方法に関する議論を手掛かりに、問題点を整理した。その結果、代替執行の枠組みの中で、執行裁判所の判断を介して、引渡しの態様い応じた多様な手段を用い、調査のうえで債務名義を作成した家庭裁判所との連携を図ることが重要であること、そしてその連携を通して執行の具体的な内容や範囲を特定していくことが必要であることがわかった。 他方で、子の返還命令を実現するためには、執行機関が対立する当事者間の利害を調整することが不可欠であり、そのための手段としては裁判外紛争処理手続(ADR)が効果的であることもわかった。また子の最善の利益にかなった措置を実現するための方法を明らかにするためには、公刊審判例には公表されていない執行現場の詳しい事情等を分析する必要があることもわかった。これらの資料を収集・調査するために必要なインタビュー調査の準備については、次年度に持ち越しとなったため、現在までの達成度はやや遅れているといえる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、ハーグ条約担保法案で示された執行の枠組みの具体的な運用指針を明らかにするために、執行裁判所である家庭裁判所と執行官、さらには返還実施者との連携の在り方、及びその連携を通して執行機関が状況に応じた措置をとるために必要な判断権限の理論的根拠を検討する必要がある。そのためには以下の方法で今後の研究を進めていく予定である。 第一に、従来の国内の子の引渡し事案での執行の状況及び裁判外紛争処理手続の活用の実態について、インタビュー調査等によって資料を収集し、分析する。 第二に、ハーグ条約の実施状況について、ドイツ・米国・オーストラリア等における現状を調査する。特に子の返還命令の主文(債務名義)とその実現方法について、既存の制度の枠内で運用しているのか、それともハーグ条約を実施するために新たな制度を導入したのかを確認、検討する。既存の制度の枠内で運用している場合には、運用上の工夫及び問題点は何か、また新たな制度を導入した場合には、その理由及び制度設計にあたって考慮した点などを中心に調査する。 第三に、任意の返還を促すための工夫として、執行手続における裁判所外紛争処理手続の活用を含め、具体的にどのような措置がとられているかについて、調査する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費の使用計画は以下の通りである。 今年度は、当初予定していたインタビュー調査の準備に着手するのが遅くなったため、ポータブルタイプのパソコンを購入せず、次年度使用研究費が生じた。次年度はこれを使用してパソコンを購入するとともに、ハーグ条約関連及び子の引渡しに関する執行、抽象的差止請求とその執行方法関連の国内外の関連書籍も購入する予定である。 また、次年度は比較法調査・研究が中心となるため、外国旅費を多めに請求している。調査対象は、EU圏諸国及び米国ないしオーストラリアを予定している。この調査では、ハーグ条約の実施状況全般につき、調査対象国における現状(子の返還の具体的な実現方法及び執行手続における裁判所外紛争処理手続の活用)を確認し、問題点を把握するために、現地にて必要な文献を獲得し、また現地の研究者や実務家へのインタビュー調査によって情報を収集する。この際場合によっては、専門的知識の提供やインタビュー等調査協力に対して調査協力費用として謝金を、さらに収集した資料をデーター入力する際の短期雇用者への日当・報酬を払うことも予定している。 国内旅費は、月1回から2回の研究打合せや外国文献の検討会、及び国内インタビュー調査のために使用することを予定している。 その他、調査に係る依頼状等を送付するための通信費、直接訪問できない場合には資料の複写送付を依頼することになるので、その際の複写費及び通信・運搬費も必要である。
|