本研究では、国民と政策担当者の相互作用により政策が内生的に生み出されるとする政治経済学の分析を拡張する形で、政治主体かつ経済主体である国民が体系的な非合理性を有するとする行動政治経済学のアイデアを展開してきた。まず、国民が政策の間接効果を無視し直接効果のみを評価する思考制約を有し、経済利得のみならず損失発生の源泉への処罰感情にも左右されるという非合理性の下で、金融規制と金融機関のモラル・ハザードのダイナミクスを導出し、規制とモラル・ハザードのフィーッドバックが複数均衡および永続的な政策循環をもたらすことを導いた。この結果は、なぜ、類似の国々でも政策イデオロギーおよびそれに基づき採用される政策に大きな差異が生じるのか、という政策論における旧来の疑問に1つの有力な解答を与えている。次に、行動政治経済学のアイデアを日本の長期停滞の解明に適用する試みを行った。そこでは、市場機構や企業統治機構への信頼感という感情変数を考慮し、自然な想定として感情変数が機構の健全性と正の相関を持ち、市場や統治の機能抑制政策の採用と負の相関を持つならば、感情変数を媒介にして機構の健全性の低下がさらなる機構の健全性の低下をもたらす悪循環が出現することを議論した。日本の長期停滞の端緒は、90年代初頭の不動産・株式バブルの発生と崩壊だが、採用された政策は、当初は地価税導入、融資総量規制や急激な金融引締めであり、その後は度重なる財政出動、株価維持操作やゼロ金利政策だった。いずれも不動産市場・株式市場の健全性低下に対して市場機構や統治機構の機能低下を招く政策が採用されている。本研究の結果は、従来の政策論では看過されていたこうした現実的な悪循環の出現メカニズムを導くことにより、なぜ、日本の停滞が長期にわたったのか、つまり、なぜ、日本は政策による経済浮揚機会を失い続けたのか、という疑問に1つの新たな解答を与えている。
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