研究課題/領域番号 |
24653080
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
田中 一弘 一橋大学, 大学院商学研究科, 教授 (70314466)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 良心 / 自己統治 / 道徳経済合一 |
研究概要 |
平成24年度における本研究の主たる課題は、「日本企業における経営者の自己規律メカニズムそのものを(儒学的視点を踏まえて)明らかにすること」であった。当該年度の研究によって、日本の企業統治は、監視やインセンティブを通じて経営者の《自利心》に働きかけるよりも、むしろ経営者が自らの《良心》に導かれることによって、うまく機能していた可能性があることを明らかにした。そのために、そもそも良心とは何か、良心がいかなるメカニズムで経営者自身になすべきことをさせるか、についての論理的考察を行い、併せてその妥当性を戦後日本の企業システムに即して示した。 こうした議論は一見、儒学とは無関係のように見えるが、①儒学の人間観の基本である「性善説」の前提を経営者にも適用したこと、②儒学の仁と義の概念を深く検討することによって、良心による規律のメカニズムを導出していることなど、儒学の知見と深い結びつきがある。 従来の企業統治論は「経営者性悪説」の立場から経営者の自利心を前提としてきた。そうした「自利心による企業統治」の議論では十分に説明されてこなかった日本型企業統治について、本研究が提示する「良心による企業統治」は新たな分析レンズを提供し、かなり説得的な説明が可能となった点に意義・重要性がある。 以上の研究と並行して、企業活動という「経済」が「道徳」といかに整合するかに関する儒学的考察も進めた。これについては、儒学を根拠に日本の近代資本主義を主導した渋沢栄一の「道徳経済合一説」を手がかりとした。本質的に相反するものとされる道徳と経済だが、儒学の経典を(宋学的解釈を離れて)素直に読めば、両者はむしろ本質的に一致することを説いた渋沢によるこの説の真意を明らかにした。 リーマンショック後、倫理性を備えた新たな資本主義への模索が続く中で、本研究の成果を報告した欧州経営史学会(パリ)では高い関心が寄せられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
「経営者の自己規律メカニズム」については、これまでの研究の成果物として、論文「日本型企業統治とグローバル資本主義の潮流-「良心による企業統治」の観点から-」をブック・チャプターの形で刊行した。最終成果物としての研究書(単著)については、年度内刊行は叶わなかったものの主要部分はほぼ書き上げており、現在(関連する他の研究の進捗を図りつつ)残りの部分を執筆している段階にある。 「道徳経済合一説」については、2012年9月に国際学会(パリにおける欧州経営史学会)に英文フルペーパーを提出して報告を行った。さらに、橘川武郎・島田昌和両氏との共編著である『渋沢栄一と人づくり』を刊行し、その中で「道徳経済合一説の真意」と題する論文を発表している。 儒学関係の文献の系統的サーベイは、当初、経営倫理領域の英語文献を中心にする予定であったが、上記2つの研究を進める過程で「先に仮説を発見した上で、既存研究との関連をみた方が生産的である」との感触を得たことから、儒学原典と伝統的な儒学研究に係る日本語文献を中心にすることに方針を転換した。この領域のレビューはいたって順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は、まず「経営者の自己規律メカニズム」としての「良心による企業統治」に関するこれまでの研究成果のとりまとめを、研究書(単著)の形で仕上げることに注力したい。さらに、日本の実態を観察することから導き出された「良心による企業統治」の概念を世界に向けて発信するために、【11. 現在までの達成度】で言及した論文「日本型企業統治とグローバル資本主義の潮流」をベースとした英語論文を何らかの形で公にする計画である。 また、「道徳と経済の合一」に関しては、平成24年度は渋沢自身の所説を体系的に再構築することに注力したが、平成25年度はその背後にある儒学的基礎にまで分析を深めていきたい(具体的には、渋沢に影響を与えた同時代の儒学者・三島中洲の所説やそれが依拠する経典にまで遡って、儒学全体における「道徳経済合一」の意味づけについて明らかにしていくつもりである)。その際、公益財団法人渋沢栄一記念財団の国際研究プロジェクトである「合本主義プロジェクト」とも連携し、道徳と経済の関係についての欧米での考え方との比較もまじえることとしたい。 これらの研究活動と並行して、平成25年度前半には儒学文献のレビューを、平成24年度に引き続き儒学原典と伝統的な儒学研究に係る日本語文献を中心に行っていく。そして平成25年度後半には、近年の儒学に関連した経営倫理領域の英語文献をも渉猟しつつ、最終年度(平成26年度)に向けた研究の足場を築く作業に取りかかるつもりである。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度の未使用額460円は、洋書文献(Critical Readings on Japanese Confucianism全4巻)の購入資金の一部として、平成25年度の研究費に合算して使用する。
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