研究課題
平成25年度当初の推進方策に基づき、「経営者の自己規律メカニズム」としての「良心による企業統治」に関するこれまでの研究成果をまとめることに最も注力し、単著書籍『良心による企業統治(仮題)』原稿を完成させた。従来、企業統治の議論ではもっぱら経営者の「自利心(self-interest)」を想定し、監視やインセンティブ付与によって彼らの自利心に訴えてなすべきことをさせる(あるいは、なすべからざることをさせない)ことを企図してきた。しかし経営者は自利心のみならず「良心(conscience)」をも持っている。これまで企業統治の研究では無視されてきたこの良心の働きによって、経営者が自らなすべきことをし、なすべからざることをしないことを「良心による企業統治」と呼ぶ。『良心による企業統治(仮題)』では、そのメカニズムを明らかにすると共に、戦後日本の企業システムがそれを促すものであり、これこそが日本型企業統治の核心であったと論じている。こうした議論は一見、儒学とは無関係のように見えるかもしれない。しかし、①儒学の基本的な人間観である「性善説」を前提に、責任ある立場の人間のあるべき行動を「良心」を鍵概念として説明していること、②良心による自己規律のメカニズムを、儒学の二大徳目とも言える仁と義の概念を発展的に応用することによって導出していることなど、儒学の知見と深い結びつきがある。以上の研究と並行して、平成24年度に引き続き、企業活動という「経済」と「道徳」の整合に係る儒学的考察を、渋沢栄一の「道徳経済合一説」を手がかりに進めた。平成25年度は、道徳経済合一説の論理構造を明らかにすることを試み、結果として、「①経済に道徳は不可欠である。②道徳に経済は不可欠である。③ゆえに道徳と経済は不可分である。」という論理構造を明確に抽出した。その成果は後述する国際共同研究プロジェクトの成果物(書籍)の1章として結実した。
2: おおむね順調に進展している
「研究業績の概要」で述べた通り、平成25年度の中心的課題であった「良心による企業統治」の研究成果に係る単著書籍の原稿を完成させた。仮題を『良心による企業統治』とする本書は全8章、約13万字の書籍であり、研究者はもとより広く実務家に対しても、企業統治を考える上で有効な新たな視点を提供するものとなるであろう。現在、刊行に向けた最終的な協議を出版社と進めているところである。また、2010年に発表し、「良心による企業統治」研究の萌芽となった英文の拙稿(Perceived Development an Unperceived Decline of Corporate Governance in Japan)を改稿した同タイトルの英語論文を完成させた。同論文は近日中にSpringerから刊行される、日本型経営の変貌に関する論文集(N. Kambayashi ed.)に掲載されることになっている。道徳経済合一説に関する研究も、先述の通り新たな成果を生み出すことができた。その論文はパトリック・フリデンソン(フランス社会科学高等研究院名誉教授)・橘川武郎(一橋大学教授)共編著『グローバル資本主義の中の渋沢栄一』の1章として収録されている。さらに、儒学に基づく「道徳経済合一説」を、欧米の似たような見方(具体的にはAdam SmithとMichael Porterの所説)と比較することを通じて、渋沢の、そして儒学の、独自性を探る試みも開始した。2014年3月に開催された2つの国際学会でこの研究に関する英語論文の初稿を報告し、ディスカッサント ( London School of EconomicsのJanet Hunter教授ほか)及び参加者から有益なコメントを得ている。
平成26年度は、本研究課題の最終年度としてこれまでの研究の成果を集大成するとともに、今後、儒学と経営学(特に企業統治論と経営倫理)の理論的融合を一層進展させていくための足場を築くことに注力する。第一に、『良心による企業統治(仮題)』の刊行を実現させた上で、儒学的理解・示唆に裏打ちされた本書の着眼や立論に対する研究者および実務家の反応を丁寧に拾い上げ、また彼らと対話を重ねることによって、儒学と経営学の融合に期待される方向性や深めていくべき論点を探索する。また、可能であれば「良心による企業統治」を手短に紹介する英語論文を執筆し、この新たな企業統治の見方を日本から世界に発信する一助とする。第二に、渋沢の「道徳経済合一説」について、西洋における類似の考え方との比較を一層進展させることによって、企業統治の根幹ともなる「経営哲学」の基礎として儒学が持つ強みを明らかにする。そのために2014年3月に2つの国際学会で報告した英語論文をブラッシュアップし、何らかの形で刊行できるようにする。第三に、以上の諸活動の基盤として、儒学原典と伝統的な儒学研究に係る和洋の文献を引き続き丹念に読み込んでいく。
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