研究課題/領域番号 |
24653165
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研究機関 | 淑徳大学 |
研究代表者 |
神 信人 淑徳大学, 社会学部, 教授 (30296298)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 利益葛藤 / 社会的ジレンマ / 序列 |
研究実績の概要 |
当初は実験室実験を予定していた第4実験は,より研究目的に適合した場面想定法実験に変更して実施した。また研究の進展に伴い生じてきた新たな問題を検討するために,第5実験として大規模な実験室実験を実施した。 第4実験では,他者との葛藤場面において,第三者からの支持を取り付けることのできる個人特性がどのようなものなのかについて検討した。具体的には,架空の集団状況を設定した上で,そのなかの様々な二者間において葛藤が起きた時に,周囲からの支持を引き出せるのはどのような人なのかについて判断させた。その結果,日頃正しい判断をしていると思われる人ほど魅力的と見なされ,葛藤に巻き込まれた時にも周囲からの支持を得ることができ,成員間の序列が相対的に高いと判断されていた。ただしこの研究知見は,架空の集団状況をもとに検討されたために,その外的妥当性にやや疑問があり,実際の集団によるさらなる追試の必要性がある。 第5実験は当初は予定されていなかった研究である。この研究の目的は,正しさの判断が揺らいだ時に人はどのように行動するのかを検討することにある。具体的には,社会的な望ましさの判断において多様な価値が存在する社会的クワドレンマ(個人利益,集団利益,社会利益,さらに大きな社会の利益という4つが葛藤する状況)が繰り返される状況を実験室内に設定し,行動選択がどのように変化するのかを検討した。さらに,社会利益に配慮した行動であると思っていたものが,より大きな社会の利益を損なっていることに気づいた時,どのように振る舞うのかについても検討を行った。その結果,より身近な人の利益のみを配慮する行動は徐々に減少していくこと,正しさの判断が揺らぐと,自己利益を優先する者が一定数いることなどが示された。 予定されていたシミュレーション研究は,新たにアルゴリズムの変更等の必要性が明らかになったため,次年度以降に先送りした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ここまで実施した研究数は予定していた以上であること,新たな問題設定に応じて行われた実験研究は,対立する正しさへの内的葛藤に関する理論的深化に貢献すると考えられること等,最初の計画からは理論的方向性が多少変更されてきたものの,期待されていたのと同等程度の進展と意義は認められる。一方,コンピュータシミュレーション研究は27年度へ再延期されたが、これは理論的進展に伴い基礎的構造の再検討が必要になったためである。現在,新たなアルゴリズムについて検討中である。 これまでの研究の成果からは,正しさのもつ社会的作用と個人内での葛藤に関する理論構築に資するデータが得られており,今後の理論的統合が期待できる状況になっている。また第5実験の実施を通して,100名規模の大規模実験を実施するための実験システムの大幅な改善がもたらされた。研究期間の1年延長に伴い,大規模実験の実施によるさらなるデータ収集ならびに理論的検討が可能になったことで,最終的には研究開始時に想定されていた理論的進展以上の成果が期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
研究期間が1年延長された平成27年度には,コンピュータシミュレーション研究を実施予定である。当初想定していたシミュレーションの設定は,短期利益と長期利益が葛藤する二つの相互依存構造,すなわち地位競争的チキンゲーム状況と,相互協力的囚人ジレンマ状況の二つの状況が連結する社会状況であった。研究の進展に伴い明らかになったのは,これら二つの相互依存構造を生み出す基礎構造についての理論枠組みの必要性であった。そこで27年度は,長期的利益と短期的利益が葛藤する基礎構造とそこでの適応的な行動パターンに関してコンピュータシミュレーションを実施する。基本的なプログラム構造については26年度内に進められており,現在はプログラムを開発中である。 27年度はさらに,大規模な実験室実験(第6実験)を行い,他者の不当行為を許せないという感情とそれにより引き出される行動が集団内に利益葛藤が存在する状況において集団利益を促進する過程について検討を行う。これまでも社会的ジレンマ研究などから,他者の不当行為に対する怒りの感情が,その個人の利益を損なうものの集団等の利益は促進する行動を引き起こすことが指摘されてきた。こうした現象から,個人の意思決定においては,経済学的な合理的判断モジュール,不正に対する感情的判断モジュール(=地位競争モジュール),さらには他者に対する共感モジュール(=相互協力モジュール)といった複数のモジュールが併存していること,それらのモジュール間の力動的な相互作用は社会状況の認知によって方向づけられていることなどが導かれる。こうした心理過程について詳細に分析するために,100人規模の集団を用いた実験により,様々な利害葛藤状況での行動選択の主観的過程について測定することを目指す。この実験に必要な実験システムは第5実験で開発したシステムを応用する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
26年度にこれまでの研究成果を理論的に統合するモデルを構築するためにシミュレーション研究を行う予定であった。しかしその基本構造構築のために予備的な質問紙調査を実施したところ、その調査結果からシミュレーションの基本的アルゴリズムの変更の必要性が明らかになった。このため、シミュレーションプログラムの開発費用と、その研究成果報告のための費用が未使用になった。
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次年度使用額の使用計画 |
未使用額の一部は,27年度に実施する短期的利益と長期的利益が葛藤する状況の基礎構造に関するシミュレーション研究のプログラム開発,研究実施,研究成果報告に使用する予定である。さらに第6実験として参加者100人程度の実験室実験を実施する計画である。この実験のシステムは第5実験のものを転用できるので開発費用はさほど掛からないものの,実験参加者への報酬は必要となるので,未使用額の一部を使用する。さらに,この研究および昨年度の研究成果の報告にも使用する予定である。
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