本研究は社会人大学院生の学習特性・環境に適した教授法と研究指導方法の開発を行うことを目的とする。成人教育の理論枠組み(マルカム・ノールズの「アンドラゴジー」概念)を大学院教育に援用することにより、学習者の自発性や自律性を尊重する方法、学習者の職業・生活経験を学習資源として活用する方法などをノウハウ化し、社会人大学院生が学位論文の作成を促進するための方法論を提示したい。 本研究の方法論上の新規性は、ノールズが提唱した「アンドラゴジー」の概念を従来型のID枠組みに援用し、社会人大学院生すなわち成人学習者に適合した教授法・研究指導法モデルを開発することにある。アンドラゴジーモデルによれば、人間は成熟するにしたがって、学習者の自己概念は依存的なパーソナリティから自己決定的(self-directed)なものへ変化し、発達や成長に伴って蓄積した経験が学習する上での貴重な資源となる。こうした成人学習者の特性を活かした教授法の開発は、社会人学生が大きなウエイトを占める日本の大学院教育にとって喫緊の課題である。 本研究により、成人学習者には有利な点ばかりでなく、不利な点も少なくないことが明らかとなった。具体的には、a. 在職者の場合は学習・研究上の時間的制約が大きい、b. これまでの人生経験が時として柔軟な発想を妨げる、c. 他の大学院生と授業時間外での切磋琢磨する機会が限られる、などの点である。大学教員は社会人大学院生に対して、個人的な価値観を押しつけない、長い時間的スパンで学術的成長を見守る、職業経験がもつ先入観を取り払うなどの配慮が必要なことが明らかとなった。
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