液体の水では水分子間の水素結合の3次元ネットワーク構造が動的に変化しており、水素イオンや水酸化物イオンはその中の「欠陥」として解釈される。本課題では第一原理分子動力学法と独自の解析法を駆使して水素結合ネットワークの視点から水およびこれらイオン種の振る舞いを調べ、以下の事柄を明らかにした。 (1) 液体水の構造についての新しい知見 近年、液体水における微視的(1ナノメートル程度)な不均一性の存在を指摘する実験結果が相次いで報告された。そこで純水の水素結合ネットワークを向きを含めて解析したところ、「O-H…O」だけ、又は「O…H-O」だけが循環的に繋がった環状構造には有意な安定性があり、その周りの水素結合は特に密度が高いことが分かった。これは液体水の微視的な不均一性が水の特定の環状構造に由来していることを強く示唆する。同様の傾向は古典分子動力学法の結果を解析しても得られる。 (2) 水素イオン・水酸化物イオンと水素結合ネットワークとの相互作用 この循環的な環状構造は水素イオンと水酸化物イオンの両方に対して、それ以外のネットワーク構造には見られない反発的な相互作用を示すこと、それが塩化物イオン・硫酸イオン・ナトリウムイオンといった他種イオンの有無に依らない一般性の高い概念であることが分かった。これにより、バルク水溶液中での水素イオン・水酸化物イオンのポテンシャル(自由エネルギー)を評価するひとつの方法が得られた。 これらの概念の実験的な検証は待たなくてはならないが、固液界面での水の環状構造のサイズ分布や密度分布は系の個性を反映して大きく異なるため、最界面領域での水素イオンの移動経路や局所酸性度などを議論する際の指針を与えることが期待される。
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