研究課題/領域番号 |
24654136
|
研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
石渡 信吾 横浜国立大学, 工学研究院, 准教授 (10223041)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
|
キーワード | 確率共鳴 / 聴覚 / 蝸牛管 / 有毛細胞 / 閾値応答 / 自励振動 / 引き込み現象 / 人口内耳 |
研究概要 |
内耳にある蝸牛管の聴覚における役割は、1928年のベケシー以来、音波の周波数分解であると考えられてきた。しかしその後の如何なるモデルも現実の感度と周波数分解能を説明できてはいない。音波の各周波数成分をパルス列に変換する素子が蝸牛管内の有毛細胞である。外有毛細胞3個と内有毛細胞1個で1組を成し、人では3500組が蝸牛管内を仕切る長さ35mmの基底膜上に並ぶ。その働きは今もって不明な点が多い。人の周波数分解能は0.2%程度である。これは有毛細胞1組を特定することに相当する。本研究では検出感度に関して確率共鳴とその引き込み現象を導入し、周波数分解能に関して外有毛細胞と内有毛細胞の結合に新たな仮説を設けることによって、高感度・高分解能の検出能力を実現し得る新たなモデルを提案した。 音波の振動は蝸牛管内のリンパ液を介して基底膜に伝わり、その上の外有毛細胞を刺激し伸縮運動させる。この振動を内有毛細胞が捉えて、聴覚神経に神経パルスを励起させる。有毛細胞の閾値応答を単安定回路で構成し、本モデルの妥当性の実験的検証を行った。1組の回路は外有毛細胞相当の初段3回路と内有毛細胞相当の次段1回路から成る。自励振動数の異なる回路セットを複数用意する代わりに、自励振動数の等しい1組の回路に対して異なる振動数の信号を入力して、単音に対する応答波形を計測し、それぞれのS/N比を比較した。低音領域(自励振動数300Hz)と高音領域(同3000Hz)の場合について結果をまとめた。低音領域・高音領域ともに、入力波の振動数が回路の自励振動数に等しいところでS/N比は最大となり、基底膜振動の10倍のQ値を稼ぐことができた。これにより1%程度の周波数分解能が実現したことになる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初、16組の回路網を作製し、複合音の分解の機能を検討する計画であった。しかし1組の回路による高音領域の実験で本モデルの不具合を見出した。耳音響効果を根拠に、高音領域ではより微弱な振動を検出するために、自励振動に近い状態を予めつくっておいて、入力の音波に引き込ませる方法を提案していた。この準自励振動状態を実現するために高音領域の外有毛細胞の内部ノイズ強度を高めていたが、検出感度は不十分であった。この代わりに有毛細胞の閾値を下げる方法を新たに試みた。これは外有毛細胞に接続する遠心性の蝸牛神経がその調整を担うと考えれば生理学的に妥当である。この改良の結果、より高い分解能向上が得られた。あと5倍程度で、現実の人の分解能に達する。これは他のこれまでのモデルでは得られなかった特筆すべき結果である。 本研究で導入したもう一つの仮説は、3個の外有毛細胞が同時に応答したときにのみ内有毛細胞が応答するという、同時応答性の仮説である。低音領域では内有毛細胞のS/N比の分布において、低周波側に鋭いエッジの形成を確認できた。これは予期した同時応答性の効果である。しかし高音領域ではその効果はほとんど認めたれなかった。これは自励振動のデューティー比の問題と考えられる。デューティー比を50%に設定していたため、外有毛細胞の応答が揺らいでも3個の応答パルスに重なりが生じて、内有毛細胞がほとんど応答していた。これによって同時応答性の効果が打ち消されてしまったものと考えられる。応答パルス幅の検討が今度の課題である。 初年度計画していた16セットの回路網の作製は次年度に持ち越しとなったが、本モデルの妥当性を確認し、改良モデルによる周波数分解能の向上を果たすことができた。
|
今後の研究の推進方策 |
まずデューティー比を下げて出力パルスの重なりを減らすことで、同時応答性の効果を検証し、回路パラメータの最適化を図る。次いで複合音に対する周波数分解の機能を実証するために、初年度持ち越しとなった16セットの回路網を作製する。複合音に対する応答は音声認識の基礎を成す。現在、聴覚において得られている様々な臨床的知見と比較検討することで、本モデルの成否を実証できるものと考えている。特に側帯波の存在、非線形性による高調波の励起、多対一応答による分周波同期の問題が挙げられる。これらの問題解決には基底膜まで含めた議論が必要である。電気回路網に機械的センサーを組み合わせて、基底膜の振動を捉える蝸牛管のマクロな模型を試作し、蝸牛管モデルの総合的な評価を行う。人口内耳を目指したMEMS技術導入の方向性を探る。 蝸牛管は長さ35mmで内部はリンパ液で満たされているが、我々の模型は空気中を想定している。振動検出には圧電樹脂のピエゾフィルムを使う。その固有振動数から、現実の1/20程度の周波数帯での実験を考えており、これには波長の違いを考慮して長さ15cmほどのアクリル管を用いればよい。実際の蝸牛管で基底膜の振動を捉えるのは外有毛細胞にある感覚毛であり、将来的にはMEMS技術により実現可能と考えられる。ピエゾフィルムを平行に並べ、それぞれ異なる張力で張り、ピエゾフィルムの固有振動数を50~300Hzの範囲で順に変えて、基底膜の模型とする。発信器で合成した振動音をスピーカーから与え、固有振動数付近のピエゾフィルムの振動を直接電圧変化として拾う。この電圧変化を回路網で処理する。このようにして基底膜まで含めた蝸牛管のマクロ模型を用いて側帯波・高調波・分周波のクロストークの問題解決を図る。最終的には、人の音声に対して周波数分解を試み、母音の違いを比較したいと考えている。以上の結果をまとめ、成果報告する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
該当なし
|