2011年3月の東日本太平洋沖地震津波以来、歴史津波に関する関心が高まっている。869年に起きた貞観地震津波などの歴史津波の研究は東日本太平洋沖地震津波以前から行われていたが、これら歴史津波の存在は陸上に残されている津波堆積物の調査や古文書の記述によって明らかにされてきた。このような従来の手法では、津波堆積物が後世の人的な土地改変などで失われてしまえば津波履歴を認定することができなくなる。しかし、沿岸部で過去数百~数千年間ほぼ連続的に成長し、幾度となく津波の影響を受けた鍾乳石には成長様式や化学成分の変化として津波履歴が消去されずに残されていることが期待されるとともに、それらの年代も特定可能である。本研究の目的は、宮城県気仙沼地域を中心とした東北地方太平洋沿岸部の鍾乳石を用いて過去数千年間の津波履歴を明らかにすることである。 気仙沼市神明崎の洞穴群および周辺域の洞穴について、各洞穴の洞口標高のオートレベルによる測量や洞内への3.11津波の流入の有無および影響についての調査を実施し、さらに鍾乳石の採取とそれらの標高を調査した。採取した鍾乳石の内、特に管弦窟から採取したものは、表面に海棲の有孔虫殻を含む泥が付着しており、津波による水没を示唆する結果を得た。また、管弦窟では多量の化石(イノシシやシカの骨など)を含む堆積物を発見した。この堆積物上には採取した鍾乳石をはじめとして複数の鍾乳石が形成されている、堆積物の形成年代と鍾乳石の形成年代とは密接に関係することから、骨の年代測定なども試みた。管弦窟など洞口標高の低い洞内から採取した鍾乳石には、2-3回の明瞭な成長中断や砕屑物を含む層が認められ、津波痕跡である可能性が示唆されたが、形成年代の特定を行うことはできなかった。神明崎洞穴群における3.11津波の流入とその痕跡についての研究成果は、学会発表および学術雑誌論文として公表した。
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