本研究では時間依存の多配置波動関数理論(MCTDH)を使って強い光の場と相互作用する炭化水素分子のプロトンとその同位体であるデュ―テロンの動的な挙動を理論的に調べることが目的であった.粒子の量子統計の違いは第二量子化法を使って簡単な操作で理論構築の中に組み込む事が出来ることが本研究の特徴の一つであった. 前年度,計画にしたがって,ボーズ粒子であるデュ―テロン置換炭化水素に適用できる理論を構築した.しかし,現在のMCTDHに共通にしている問題:配置関数の増加に伴う解収束の悪さ,言い換えると,十分な計算の精度を確保しないと科学的に意義のある結論を導けないのではないかとの結論に至った.そのため,粒子の量子統計の違いを簡単に取り込める一方で,従前のMCTDHを超えた理論の構築手法を鋭意探求した. その結果,(1)MCTDHの配置空間を縮小することなく,CI-係数を因数分解することによって,近似的ではあるが計算に必要な情報量を縮小する,MCTDHに対するこれまでにない近似手法の定式化に成功した.また,(2)MCTDHとは異なり,時間依存波動関数の記述に原子価結合理論を適用する全く新しい定式化に成功した.この新しい時間依存原子価結合理論の定式化の論理から,MCTDHを含む時間依存波動関数理論との関係性,密度汎関数法との関係性などが数学的厳密さを犠牲にすることなく自然に導かれることが明らかとなった.このことは,ここで開発した新しい時間依存原子価結合理論の汎用性と厳密性を裏付ける結果となっている.新しい原子価結合理論の精度や収束の速さは,過去のres-HF理論とMCSCF理論の性能比較の検証的研究(Chem Phys Lett 263 (1996) 687)から,MCTDHと比較した場合に,より改善されているものと期待できる.これら2つの理論的な成果は現在論文として投稿準備中である.
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