研究課題/領域番号 |
24655006
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
酒井 誠 東京工業大学, 資源化学研究所, 准教授 (60298172)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 水溶液 / 赤外分光 / 生体分子 / 超解像顕微鏡 / ローダミン6G |
研究概要 |
周知の通り、水は極めて強い赤外吸収を有するため、通常の赤外分光測定で希薄な水溶液中の溶質分子の赤外吸収を得ることは不可能である。本研究では、赤外超解像顕微鏡法の高感度かつ高空間分解能の特性を利用して、水溶液中における溶質分子の赤外振動情報を測定できないかと考えた。具体的には、顕微鏡条件下において、試料セル表面のごく近傍(5マイクロメートル以下)の領域に赤外光を集光し、さらに可視光を入射することで生じる過渡蛍光の検出を試みる。光路長は極めて短いため、水の強い赤外吸収に妨害される前の信号抽出が期待される。 平成24年度は、共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡の構築を行った。基本となるのは赤外超解像顕微鏡法であり、ピコ秒赤外光及び可視光を同軸・同方向からレーザー蛍光顕微鏡光学系に導入し、対物レンズを通して試料セルの表面近傍に集光した。対物レンズは中赤外波長領域の透過率を確保するために反射対物レンズを用いた。試料から生じる過渡蛍光は同じ対物レンズで集めて、共焦点光学系のピンホールを通した後に光電子増倍管で検出した。試料位置は3次元で走査され、蛍光強度を位置の関数として記録し、3次元断層像を得ることが可能な装置とした。構築した共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡を用いて、水の振動共鳴条件下(3マイクロメートル帯)におけるローダミン6G分子の過渡蛍光(赤外情報に相当)の検出を試みたところ、過渡蛍光の検出に成功した。この装置の深さ方向の空間分解能は、およそ2マイクロメートル程度であり、セル表面ごく近傍のみの領域のみを赤外超解像顕微鏡観察することで、水の振動共鳴条件下においても溶質分子の赤外情報の抽出が可能であることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度は、以下の4つの項目が達成目標であった。 1)共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡の構築、2)過渡蛍光信号の観測、3)溶媒(水以外)の振動共鳴条件下における溶質分子の過渡蛍光(赤外情報に相当)の検出、4)水溶液中における溶質分子の赤外吸収情報の抽出 1)、2)については、対物レンズに中赤外波長領域の透過率を確保するために反射対物レンズを採用することで、過渡蛍光の信号観測に十分な光学系構築に成功した。もちろん、過渡蛍光信号の観測にも成功した。この装置の空間分解能は、過渡蛍光の波長と反射対物レンズのNAで一意に決まるが、本研究では、溶質分子にローダミン6Gを使用したので過渡蛍光波長:565 nm、反射対物レンズのNA = 0.4を使用した結果、およそ900 nmの空間分解能を達成した。また、深さ方向の空間分解能(焦点深度)は、およそ2マイクロメートルであった。非常に高い空間分解能を達成したため、まず、3)の項目を検証した。赤外吸収の比較的弱いクロロホルムおよびアセトニトリルといった非水素結合性溶媒を用いてその振動共鳴条件下におけるローダミン6G分子の過渡蛍光信号の検出を試みた。その結果、3マイクロメートル帯におけるCH伸縮振動の共鳴条件下でも強い過渡蛍光の検出に成功した。さらに、ローダミン6G水溶液を用いて、4)の検証を行った。水のOH伸縮振動は極めて強い赤外吸収を示すため、過渡蛍光信号が観測できるのか危惧していたが、信号強度は弱いものの水溶液のOH伸縮振動共鳴条件下においても過渡蛍光の検出に成功した。以上により、平成24年度は当初の研究計画を全ての項目において達成できたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は、平成24年度の研究継続課題として、赤外超解像顕微鏡の空間分解能・感度を極限まで向上させるとともに、赤外吸収スペクトル測定を試みる。過渡蛍光検出赤外分光法は赤外波長が溶質分子の振動に共鳴した時だけ蛍光が観測される。即ち、赤外光の波長を掃引することで赤外吸収スペクトルの測定が原理上可能である。実際には、水の赤外吸収の影響を完全に除去することは難しいが、空間分解能が極限のナノスケールまで達すれば強度補正によって赤外スペクトルを得ることが可能と考えられる。また、赤外波長領域を生体分子の構造解析に欠かせない、6-9マイクロメートルの中赤外域まで拡張することを試みる。赤外超解像法では、赤外波長を中赤外域まで拡張しても空間分解能の低下は起こらないと予想されるため、中赤外域でも過渡蛍光信号の観測が期待される。 加えて、ピコ秒時間分解測定を行い溶媒の振動共鳴条件下における振動緩和過程の観測を試みる。ピコ秒赤外超解像顕微鏡法は、振動準位を経由して蛍光を観測する過渡蛍光検出赤外分光法を利用しているため、赤外光と可視光の遅延時間を調節して行うピコ秒時間分解測定により、振動緩和過程が必ず同時に観測される利点を兼ね備えている。よって、例えば、水の振動共鳴条件下での溶質分子の振動緩和過程の観測が可能となることが期待される。これまで、溶媒の振動共鳴条件下で溶質分子の振動緩和現象の観測を行った例は皆無であり非常に興味深い。 以上の2つの測定法の確立を目指す。なお、本研究によって得られた成果は、国内外の学会で発表する予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度までの研究結果から、上述の研究計画を推進する上で、試料参照用グリーンレーザーが必要であることが判明した。というのも、対物レンズに中赤外波長領域の透過率を確保するために反射対物レンズを採用したが、反射対物レンズを用いた場合、対物レンズの反対側から試料全体に白色光を照射して透過像を観測することはできない。試料の位置を確認するには、外部からグリーンレーザーを照射して試料の蛍光あるいは散乱光を観測する必要がある。 そこで、平成25年度には、CWグリーンレーザーを試料参照用の光源として購入する計画である(平成25年8月までには購入する予定)。50-100万程度の安定光源を検討しているが、金額的には比較的高額である。しかしながら、平成24年度は研究推進が順調に進んだ結果、比較的多くの未使用額が残ったので、これをCWグリーンレーザー購入費用に転用すれば当初の研究計画に支障をきたすこと無く購入可能である。むしろ、これにより、試料の位置決め精度が格段に向上し、研究推進に役立つのではないかと考えている。
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