周知の通り、水は極めて強い赤外吸収を有するため、通常の赤外分光測定で希薄な水溶液中の溶質分子の赤外吸収を得ることは不可能である。本研究課題では、赤外超解像顕微鏡法の高感度かつ高空間分解能の特性を利用して、水溶液中における溶質分子の赤外振動情報を測定できないかと考えた。具体的には、顕微鏡条件下において、試料セル表面のごく近傍(5マイクロメートル以下)の領域に赤外光を集光し、さらに可視光を入射することで生じる過渡蛍光の検出を試みる。赤外の光路長は極めて短いため、水の強い赤外吸収に妨害される前に信号抽出が実現できるのではないかと考えた。 平成26年度は、前年までに構築した共焦点型ピコ秒赤外超解像顕微鏡を用いて、1)赤外波長領域を生体分子の構造解析にかかせない6-9マイクロメートルの中赤外領域まで拡張する、2)赤外スペクトルを測定する、ことに注力した。過渡蛍光検出赤外分光法は赤外波長が溶質分子の振動に共鳴した時のみ過渡蛍光が観測されるので、赤外光の波長を掃引することで赤外スペクトル測定が原理上可能である。試料にローダミン6G色素を用いて実験を行ったところ、赤外波長が1600 cm-1において非常に強い過渡蛍光信号を観測した。また、この過渡蛍光信号を観察しながら、空間分解能を極限(800 nm)まで最適化したところ、1100-1800 cm-1の領域においてローダミン6G色素の赤外スペクトル測定にも成功した。これらの結果は、1)赤外波長を中赤外領域まで拡張しても空間分解能の低下が起こらない、2)中赤外領域の方が水の赤外吸収が弱いため妨害を受けにくい、ことが利点として作用したと考えている。この手法を生体分子に適用することで、これまで観察不可能であった水溶液中における生体分子の赤外スペクトルを直に観測することが実現でき、その構造/機能解析に役立つものと期待する。
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