研究課題/領域番号 |
24655019
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
松本 剛昭 兵庫県立大学, 物質理学研究科, 助教 (30360051)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | キャビティリングダウン分光 / 蝶タイ型光学キャビティ / 円偏光二色性 / エレクトロスプレーイオン化 / 金属錯体イオン / キャビティ増強吸収分光 |
研究概要 |
1.蝶タイ型光学キャビティにおける,レーザーパルスの捕捉時間を評価する実験を試みた.測定対象は,空気中の酸素分子のb-X遷移である.100×5 cm2の長方形の四隅に,99.995 %の高反射率を持つ凹面鏡4枚を設置して蝶タイ型キャビティを形成した.このキャビティの一端から,760 nmのOPOレーザーパルスを導入し,キャビティ内を周回させて,導入端と対角線上にある逆端からの透過光を光電子増倍管で検出する.透過光強度の減衰時間τを最小二乗フィッティングにより求めて,τと凹面鏡反射率,キャビティ長さとの関係から,酸素分子b-X遷移の吸収断面積を得る. ところが,この測定のための光学キャビティを構築して評価実験を行う段階になった時,ナノ秒パルスのOPOレーザーが原因不明の故障により発振しなくなり,酸素分子のb-X遷移の観測を続行することは不可能となった.そこで,酸素分子b-X遷移を用いた蝶タイ型キャビティの評価実験を中止し,488 nmで連続発振(CW)するレーザーを適用した研究手法への変更することを再検討した. 2.赤外キャビティリングダウン分光と密度汎関数理論により,π電子が関与した水素結合クラスターの構造解明を行った.ピロール含有二成分クラスターを超音速ジェット冷却により生成し,クラスターサイズに応じたNH伸縮振動のシフトを評価した.(1)ピロールと,N-メチルピロールとの二成分クラスターにおいて,三次元受容体による新規π水素結合構造を発見した.これは,前者のNH基を、後者二分子のπ電子雲が上下から取り囲んだもので,その外観から「Fish-Bite構造」と名付け、論文発表を行った.(2)アセトンとの二成分クラスターにおいて,カルボニル基π電子がNH基との水素結合に関与することで,サイズ増加に伴う配向変化にも関わらず,水素結合強度は一定に保存されることを見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
24年度の研究実施計画は,蝶タイ型光学キャビティの性能評価が主なものだった.始めに,760 nmのOPOレーザーによる酸素分子のb-X遷移の観測を通じて,通常の直線型光学キャビティとの相違,例えばミラーへの斜入射による反射損失の評価を行う予定だった.次に,480 nm付近で高反射率となる凹面鏡で新たに光学キャビティを構成し,円偏光とした色素レーザーを導入することで,キャビティ内部での円偏光度の保存度を評価する予定だった. ところがOPOレーザーの故障により,760 nm領域での蝶タイ型光学キャビティの性能評価を続行することが不可能となった.480 nm領域の色素レーザーを用いて,可視領域のキャビティに即座に切り替えた性能評価を続行することも可能ではあった.しかし,円偏光二色性(以下CD)の観測のために必要となる検出感度を改めて検討しなおすと,パルスレーザーによるキャビティリングダウン分光(CRDS)ではCD信号の検出は困難を極めることが,徐々に浮き彫りとなってきた.更なる高感度化を目指すのであれば,パルス光源ではなく連続発振(CW)光源への転換が必要不可欠であるという結論に至った.その時点からおよそ四半期の時間をかけて,CW光源による吸収観測法の中で,私達が対象とする金属錯体のCD観測に最適なものを探索する調査を行った.その結果,従来のCRDSではなく,キャビティ増強吸収分光法の方がより手軽に高感度な観測を行える、最適な手法であることが判明した. OPOレーザーの故障により相当出遅れた感は否めないが、当初は考え付かなかったCWレーザー光源の適用を発想できたことで、出遅れをプラスに転じることができたと考えている。 本課題の関連研究である、水素結合クラスターの赤外キャビティリングダウン分光に関しては、年間で三報の論文掲載ができるほどの研究成果があり,本課題の出遅れを十分補填できた.
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の最終目標は,キラリティを持つコバルト金属錯体をエレクトロスプレーイオン化法により微小液滴として大気中に取り出し,蝶タイ型キャビティ内でのリングダウン測定により,円偏光二色性(以下CD)を観測することである.私達にとって,4枚の高反射率凹面鏡で作られる蝶タイ型キャビティは未知のものであるため,初年度はこのキャビティの性能試験に費やす予定だった.ところが研究実績の概要で記述したように,性能試験に用いるはずのOPOパルスレーザーが使用不可能となったため,研究計画の変更を余儀なくされた.そこでこれを機会に,CDを観測するための最適な手法と手順を改めて再考した. CD観測では、ppmレベルの検出感度を数ケタ凌駕するような,超高感度の吸収測定技術が必要となる.レーザーによる吸収測定では,その感度は光源出力の安定性(ふらつき)に依存する.パルスとCWの発振様式を比較すると,後者の方が少なくとも100倍は安定性に富んでいる.そこで,CWレーザーの中でも安価な部類に入る、ダイオードレーザーの適用を決定した. 当初、測定方法として,キャビティ透過光の時間変化を観測するリングダウン方式を計画した.しかしCWレーザーを用いる場合は,リングダウン方式よりはむしろ、キャビティ増強吸収法(以下CEAS)と呼ばれる,透過光強度の積分測定の方が手軽かつ高感度であることが、近年の先行研究により指摘されている.更にCEASでは,光源としてレーザーだけでなく,安価なLEDを用いることもできる.従って,CEASの初期実験ではLED,CDを測定する時はCWレーザーを用いることで,研究遂行における時間ロスを抑えられる. CD観測の対象であるコバルト-エチレンジアミン錯体は,490 nm付近に強いCD信号を持つ電子遷移吸収帯を持つ.そこで,CWレーザーの発振波長として488 nmのものを選択する.
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次年度の研究費の使用計画 |
24年度の中途で,測定に用いるナノ秒パルスOPOレーザーの故障により研究計画の変更を余儀なくされた.再考の結果,CW発振のダイオードレーザーを用いたキャビティ増強吸収分光法への転換を決定した.488 nmで発振するマルチモードタイプのレーザーについて,数社に見積りを要請した結果,70~80万円が相場であることが判明した.次年度使用額としての66万円程は,Gaussian分子軌道計算プログラムパッケージと、これを動かすコンピュータに充てる予定であったが,この計画を取りやめてダイオードレーザーに充てることとした. 25年度分として90万円を請求している.まず,上記のレーザーの不足分10万円程をここから捻出する.そして,蝶タイ型光学キャビティを作るための高反射率凹面鏡(490nmで99.995%の反射率)を4枚購入するために48万円の支出,国内出張費用として10万円の支出を予定している.残額の20万円程を,青色LEDや光学ステージなどの各種消耗品に充てる予定である.
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