近年、外場に応答する双安定性分子は分子スイッチやメモリ等への応用が期待され、盛んに研究が行われている。現在までにこのような双安定性は段階を経て発展してきているが、多くは熱などの外場刺激を必要とする平衡系における双安定性に限定されている。一方、本研究では、化学振動系であるpH振動反応において濃度振動する化学種(レドックス触媒、プロトン)自身またはそれと相互作用しうる錯体を系中に組み込むことで自励双安定性錯体の創成を目指した。具体的には、酸塩基応答型SCO錯体と、錯体のpKaと同域においてpH振動を示すpH振動液を共存させ、プロトン誘起SCO自励振動型双安定性の構築を目指した。 本研究では、水:メタノール混合pHバッチ振動液と[Fe(II)(bzimpyH2)2](ClO4)2を混合した溶液において同期振動を観測した。pH振動液単独では112秒においてpHの振動が確認された。錯体混合後においてもほぼ同一の時間帯において吸光度の増大が確認された。またこの振動に際し、赤紫溶液から青色沈殿が生じた。この青色粉末は、別途合成した二プロトン脱離体と同様にプロトン付加体に見えるNH振動モードが消失していた。pH振動場においてpH振動と同期的に錯体が脱プロトン化され、生成した脱プロトン体が中性で水:メタノール混合溶媒に不溶であるため沈殿したと考えられる。 この様にpH振動場において、酸塩基応答性を示す鉄錯体をpH振動と同期して脱プロトン化させることに成功した。この様な脱プロトン化は錯体の色ばかりでなく、高スピン/低スピン存在比や、錯体の電荷、溶媒に対する溶解度を同時に変化させることができるため、従来の物理的外場による錯体の状態変換とは異なる化学的外場で錯体を双安定化できたと言える。
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