フェニル酢酸は植物性成長ホルモンの一種であり,向神薬や抗炎症薬の母格であることから重要な医薬品中間体として有用である。しかしながらフェニル酢酸の入手や取り扱いは薬事法の規制を受け,認知症治療薬や抗がん剤など迅速な開発が必要とされる研究上の問題になっている。フェニル酢酸を直接原料として用いない医薬品合成が可能になれば,合成上,画期的進歩である。 本研究では、安価で取り扱いが容易なジケテンを原料とし,ニッケル触媒とアルキンを反応すると不飽和カルボン酸及びフェニル酢酸誘導体の選択的合成反応を見出した。ジメチル亜鉛やトリメチルアルミニウムを用いると不飽和カルボン酸が選択的に得られるのに対し,ジエチルアルミニウムを使用するとフェニル酢酸が得られた。しかもトリフェニルホスフィンを配位子として用いると炭素構築様式が異なり,対称性フェニル酢酸が得られた。本法は様々な非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)や芳香族化合物の新規合成法として今後期待できる。 ジケテンとアルキンによる[2+2+2]環化付加反応の例はそれほど多くなく、とりわけ本研究においては、反応機構が非常に興味深い。生成物から判断すると,ジケテンのエキソメチレン炭素の二重結合が切断反応を受け,2分子のアルキン挿入を伴いながら形式的な[2+2+1+1]環化付加反応が進行しているといえる。このような反応例は無く,芳香族化合物の新規合成法として学術的にも興味深い。また,創薬化学における画期的発見として波及効果は高く,研究意義は極めて高い。 本形式の反応は、ひずみの高いジケテンのみならず、メチレンブチロラクトンにおいても観察された。このように電子供与性の高い炭素-炭素2重結合が切断を受ける反応は革新的であり、炭素骨格形成反応の新形式構築法として有用性が高い。
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