研究課題/領域番号 |
24655127
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研究種目 |
挑戦的萌芽研究
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研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
梶原 孝志 奈良女子大学, 自然科学系, 教授 (80272003)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 分子磁性体 / 磁気特性 / 中性子散乱 / 金属錯体 |
研究概要 |
筆者は個々の分子が磁石として振舞う単分子磁石 (Single Molecule Magnet, SMM) を研究対象とし,その磁気異方性の評価法開拓を目指した研究を展開している.20年ほど前にMn12核クラスター錯体を対象として開始されたSMMの研究ではあるが,希土類金属イオンを含むf金属錯体へと研究の対象がシフトしてまもなく10年が経とうとしている.遷移元素のSMM合成に関しては多数の金属イオンを集積し,その協同効果により優れた磁気特性を実現していた.一方,希土類元素はたった一個のイオンでも大きな磁化ベクトルを持つことから,わずかな金属イオンの個数でもSMM合成が可能である.分子構造の簡略化と磁気特性の向上の両方を期待できるという点で希土類SMMの合成研究が盛んに行われているのであるが,一方,その磁気特性を定量的に解明するための手法は驚くほど少ない.これは,希土類金属イオンの電子構造が複雑であることと,SMMにおける磁化の反転障壁が数10~数100Kと小さく,分子に見られる振動・回転・伸縮振動などの熱運動と同程度でかき消されてしまい,直接の観測が困難なためである.そこで本研究においては,そのような微細な磁気構造を観測する手段として非弾性中性子散乱という手法に着目し,熱運動の効果を取り去った条件下で磁化反転の詳細を分光学的な視点より解明することを目的として開始した.初年度は中性子散乱に適切なサンプルの探索とその磁気特性の解明を目的に,Ce(III)を基盤とする錯体の合成を行った.Ce(III)イオンは希土類の中でも最も単純な電子構造を持っているが,これまでSMMの合成例はなかった.そこで,新規に合成したCe(III)錯体を対象に磁気特性の評価を行い,軽希土類としては世界初のSMMであることを見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
非弾性中性子散乱の測定による磁気構造の解明について,無機化合物を対象とする研究手法はほぼ確立されている.一方,SMMのような分子性の化合物を対象とする場合,無機化合物には見られない様々な困難を伴う.問題点として,1)散乱断面積の大きい軽水素は不適であるため,有機分子をすべて重水素化しなければならない,2)無機化合物に比べて磁性金属イオンの濃度が低く,多量(5g程度)のサンプルを要する,3)中性子を吸収するホウ素を含まない,4)SMM合成によく使われるジスプロシウムDyはアイソトープの種類が多く不適切であること,などを解決しなければならない.まず,従来の錯体はカチオン性だったため,対アニオンとして含まれるテトラフェニルホウ酸イオンの除去が必要であった.種々のアニオンを用いて錯体の結晶化を試みたが全て失敗に終わっている.そこで今回は配位性のアニオンを用いて中性の錯体合成を試み,結晶化に成功した.また,4f電子を一つしか持たないCe(III)イオンによるSMMの合成にも成功しているが,これは軽希土類を用いたSMMとして世界初のものである.Dy(III)は基底状態において7種類の副準位を含むのに対しCe(III)は3種類の副準位を含むだけなので電子構造が単純なうえ,そのエネルギー領域も4~50Kと中性子散乱で測定するには最適な大きさであった.配位子の重水素化についてはこれまでの研究により合成法を確立しているため,最後の関門は5gという大量のサンプルの合成である.希土類系のSMMは分子構造の僅かな違いで磁気特性が変化してしまう上に,結晶多形を観測することも多い.現在0.1g程度のスケールで合成を10回程度繰り返し,結晶多形が混入しないこと,磁気特性が一定であることの確認を終えたところである.
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究により,中性子散乱に最適と考えられるCe(III) SMMの合成に成功した.本年度はこのCe(III) SMMについて交流磁化率測定をもとにした磁気特性の解明とともに,重水素化サンプルの合成を行って中性子散乱実験に備える.まず,軽水素サンプルについて交流磁化率の測定により磁化反転に伴うエネルギー障壁の高さと磁化反転の時定数を算出し,既知のSMMとの比較検討を行う.次に0.2g程度のスケールで重水素化試料の合成を複数行い,それらのサンプルについて交流磁化率の測定を行うことで配位子の軽水素を重水素化したことの効果を検討する.過去の研究において配位子の重水素化がサンプルの磁気特性に重大な変化を及ぼしたことはなかったが,磁化反転の速度論的な考察に際して水素結合の有無が大きく影響する可能性が知られているので,その点についても十分な考察を行う予定である.重水素化サンプルにおいて十分なSMM特性を確認した後に,大量合成により非弾性中性子散乱測定用のサンプルを準備する.これと並行して,ここまでに解明したCe(III) SMM特性について論文作成を始めるとともに,国内外の中性子散乱の実験施設に対し,これまでの研究成果に基づいてマシンタイムの申請を行う.以後は共同研究者である東大物性研の山室准教授と連携して研究を遂行し,測定の詳細なプランについて検討を行なっていく.早ければ年度内に最初の測定を行えるよう,サンプルの合成とマシンタイムの日程調整を行う.
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次年度の研究費の使用計画 |
前項に記載したように,非弾性中性子散乱の測定に際してはサンプルをすべて重水素化を施し,極力軽水素の混入を防がなければならない.このようなサンプルの合成には多大の労力と期間,予算を必要とする.そのため,初年度である平成24年度は軽水素化サンプルを対象に,単分子特性に優れた錯体の探索を行った.本研究補助金の多くは重水素化サンプルの合成とその中性子散乱測定のための消耗品費,滞在費等旅費に充てることを目的としているため,初年度はわずかな出費しか必要としなかった. 平成24年度の研究により,中性子散乱測定に有望と考えられるサンプルを見出した.このサンプル合成に使用する配位子の組成はC16D20O4N2であり,配位子合成に1L程度の重水を使用する.錯体合成に際してはメタノールやアセトニトリル,水など様々な溶媒を用いるが,サンプル全体の重水素化率を維持するためにすべて重溶媒を用いる.これまでの予備実験をもとに,全体で1~2Lからそれ以上の重溶媒が必要であると見積もられており,重溶媒の購入費用として15~40万円を予想している.なお,配位子合成に際しては非常に高価なエチレンジアミンd8 (15万円/1g程度)を用いるため,一回のサンプル合成に総額30~60万円の支出を想定している. 中性子散乱の測定に際しては,国内では東海村のJ-PARC,海外ではドイツのミュンヘン工科大学での実績があるが,いずれにおいても一週間程度の滞在が必要であり,研究費の一部はその旅費に充てる.また,最初の実験によりサンプルの増量,重水素化率の向上などが必要になった場合は,さらに高精度のサンプル合成に向けて重溶媒など薬品の購入を行う予定である.
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