研究概要 |
本年度は、核酸ナノテクノロジーの基盤技術である核酸構造スイッチを構築するために、核酸構造に及ぼす分子環境の影響について定量的な知見(核酸相互作用パラメータ)を収集する研究を行った。 まず、DNA及びRNA二重鎖のワトソン・クリック塩基対やミスマッチなどの非塩基対部位に及ぼす分子環境の効果を解析した。その結果、細胞内を模倣した分子クラウディング環境における塩基対部位の安定性は、塩基対部位の水和構造によって決定されていることを見出した(Biophysical Journal, 102, 2808(2012)、J. Phys. Chem. B, 116, 7406 (2012))。さらに、コンピュータの論理素子などへの活用が期待されているDNA四重鎖構造に対する分子環境の効果についても解析した。その結果、分子クラウディング環境下では数珠つなぎ状の特殊な四重鎖構造が形成され、脂質膜内の局所環境下では、四重鎖構造が安定化されることを見出した (J. Am. Chem. Soc., 134, 20060 (2012), Mol Biosyst, 8, 2766 (2012) , Chem. Commun., 48, 4815 (2012))。 一方で、分子環境下でのDNAの相互作用パラメータを基に、核酸構造や機能の制御を行う研究も遂行した。具体的には、分子クラウディング環境によって、機能性RNAであるアデニンリボスイッチとリガンドの親和性を向上させた (Chem. Commun., 48, 9669 (2012))。さらに、分子スイッチの開発を目指して、環境的、工業的観点から注目されているイオン液体を用いて、A-T及びG-C塩基対の安定性を塩基対選択的に制御することにも成功した (Angew. Chem. Int. Ed., 51, 1416 (2012)、 朝日新聞、2012年掲載)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、分子環境が核酸構造に及ぼす影響を物理化学的観点から定量的に解析する。さらに、得られた核酸構造の相互作用パラメータを基に核酸の構造スイッチを活用した核酸マテリアルを創製することを目的としている。本年度は、まず、種々の分子環境下における核酸の相互作用パラメータを蓄積させることを中心に研究を遂行した。 その結果、核酸の構造やその機能は、従来、重要視されていた核酸の構造に由来する相互作用(水素結合、スタッキング相互作用、構造エントロピー)以上に、分子環境に由来する相互作用(クーロン相互作用、溶媒和)が重要であることを見出した(J. Am. Chem. Soc., 134, 20060 (2012)、Biophysical Journal, 102, 2808-2817(2012)など)。 さらに、本年度は、溶液環境によって核酸構造や機能を制御する研究にも着手した。具体的には、蓄積された核酸と分子環境の相互作用パラメータを基にして、カチオンの種類を選定し、核酸塩基の相互作用を巧みに利用することで、リン酸二水素型コリンからなる水和イオン液体を用いて、核酸塩基対特異的に安定性を変化させた。その結果、DNA二重鎖のA-T塩基対をG-C塩基対より安定化させることに成功した (Angew. Chem. Int. Ed., 51, 1416 (2012))。核酸の構造形成は塩基対の安定性に基づいているため、これらを自在に制御できれば、核酸構造スイッチを容易に構築できる。また、イオン液体は環境的、工業的観点からナノバイオテクノロジーへの応用が期待されている液体であるため、イオン液体を用いた核酸構造スイッチを開発できれば、核酸マテリアル開発分野における応用展開は多岐にわたると期待される。二年間で遂行する本研究課題において、現在までのところ当初の計画通り順調に成果を上げている。
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