研究課題
不凍タンパク質(AFP)は、平衡融点以下のある温度領域(FH:freezing hysteresis)において、水溶液中での氷の成長を完全に抑制する特殊な機能を持つことで知られる。一方、AFPによる氷の融解抑制も古くから認識されており、平衡融点以上で氷の融解が完全に抑制される温度領域(MH:melting hysteresis)の存在も確認されている。しかし、これまでに検出されたMHは、FHと比べて1~2桁も小さい。本研究では、本質的なMHは負結晶中(水溶液が結晶に囲まれた系)でのみ測定可能だという仮説のもと、実際に負結晶中でMHを測定し、従来報告されているMHの値よりも1桁以上大きい、FHと同じオーダーのMHを検出することを目的としている。今年度は、まずは負結晶を用いた実験によって有意なMHを検出することを目標として、測定に最適な負結晶作成の条件を検討しつつ、MHの検出を試みた。10 mm程度の大きさの円柱形の単結晶氷内部に注射針を挿入して、真空ポンプで減圧し、温度と圧力を最適化して結晶を内部から昇華させることで、六角柱状の負結晶を作成することができた。水溶液を注入する前であれば、観察によって負結晶の六方晶系の結晶軸の特定は可能となっている。さらに負結晶中にAFP水溶液を注入してMHの検出を試みたが、今のところ有意なMHの検出にはいたっていない。負結晶へ注入するAFP水溶液の精密な温度制御方法や、水溶液注入後の結晶融解・成長を厳密に測定するための局所的な精密温度制御の方法、さらには水・氷界面の観察方法に課題が残っており、次年度に向けて実験手法の再構築や装置の改良が必要となっている。
3: やや遅れている
今年度は有意なMHを検出することが目標であったが、今のところ目標達成にはいたっておらず、研究の進捗はやや遅れていると自己評価した。進捗が遅れている一番の理由は、観察装置の液冷媒の漏れなど、測定の面で予想以上に細かい不具合が多かったことが挙げられる。また、測定上の各種温度の精密制御の難しさや、それと深く関連する観察手法についての課題も理由の一つではあるが、この点は計画当初から予想されていた課題であり、この課題に伴う進捗の遅れは想定の範囲内である。その一方で、測定に必要な負結晶の作成については、最適な温度、圧力条件をほぼ確定することができ、目標のMH検出に向けた基本的な準備は整った。その点では、次年度に向けて着実に研究は進捗しており、次年度に最終目標に到達する可能性は十分にあると考えている。
現状では、実験を推進する上で、局所的な精密温度制御方法や観察方法が課題となっており、次年度に向けて現在実験手法の再構築を検討中である。特に、温度制御の方法については、今年度の予備実験から当初予定していたほどの厳密性は必要ないこともわかってきており、その点を考慮して実験手法を検討している。また、今年度当初から観察装置の細かい不具合(液冷媒の漏れなど)が多かったが、これらの点はその都度問題を解消しており、実験手法のノウハウの蓄積につながっている。現状の実験上の課題やその対応策が比較的明白であることから、研究計画の大幅な変更は不要と考えている。できるだけ速やかに課題の解決に努め、まずは引き続き有意なMHの検出を実現し、その上で次年度の目標であるFHと同じオーダーのMHの検出を目指す。
今年度は研究進捗がやや遅れたことにより、物品費(消耗品費)及び人件費の費用が当初の計画よりも176,835円だけ少なくなった。次年度の研究を効率的に推進するため、このうち106,835円を次年度の物品費(消耗品費)として、70,000円を次年度の人件費として使用する計画である。これらの金額を加えた次年度の助成金使用計画は、物品費506,835円、旅費100,000円、人件費・謝金1,070,000円、その他100,000円の予定となる。