本研究では昆虫の嗅覚受容体を匂いセンシングに用いて、香りを記録する基礎的な研究を行った。その中で匂いのセンシングに用いるセンサ素子はシステムの性能を左右し重要である。本研究では哺乳類に比べて仕組みが簡素な昆虫の嗅覚受容体を用いた。 キイロショウジョウバエ生体の触角で機能する嗅覚受容体遺伝子を、カルシウム感受性蛍光タンパク質遺伝子とともにSf21細胞に遺伝子導入し、抗生物質でスクリーニングすることで、5種類の嗅覚受容体を安定に発現する細胞系統(安定発現系統)を樹立した。光学イメージングによりこれら細胞系統はそれぞれ異なる匂い物質を異なる蛍光強度変化量で検出できることを示した。また、各濃度の匂い物質に対する細胞系統の蛍光応答を測定し、匂い物質の濃度情報を蛍光強度変化量として検出できることを示した。これにより、樹立した細胞系統が一般臭の種類及び濃度情報を蛍光強度の変化量として検出可能な匂いセンサ素子として利用できることを示した。 また、蛍光強度の簡便な測定システムを検討した。測定セルを製作しパワーLEDから励起光を細胞に照射し、光学フィルタを介してフォトディテクタで蛍光を検出する実験系を作成し、蛍光ビーズや細胞で実験を行った。その結果、パワーLEDでは十分な光量を確保できなかったが、レーザを用い照射方法を工夫すれば励起光から分離されて大きな蛍光強度が得られることがわかった。また、ショウジョウバエの匂い応答のデータベースを用いて少数の要素臭を調合することにより嗅覚受容体のセンサアレイの応答パターンを近似できるかをシミュレーションにより検討した。
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