研究課題/領域番号 |
24657018
|
研究機関 | 宮崎大学 |
研究代表者 |
坂本 信介 宮崎大学, フロンティア科学実験総合センター, 特任助教 (80611368)
|
キーワード | 繁殖 / 雌雄差 / 環境温度 / 光周性 / 日長 / アカネズミ |
研究概要 |
哺乳動物では繁殖のコストが雌に著しく偏るために、季節的環境への適応過程で季節的な繁殖生理応答に性差が形成されるという仮説を検証することが本研究の主目的である。具体的には、繁殖期が地域により大きく異なるような野生哺乳類を用いて、光周性自体に雌雄差があるのか、あるいは、日長以外の要因による繁殖への修飾作用が雌雄で異なるのかを検証する。しかし、季節的な繁殖生理応答に多型を持ち、この検証に最適である日本固有種アカネズミは飼育下での交配が極めて難しいという問題があった。 この問題に対し、昨年度までに繁殖を誘導できる飼育法を開発できた。本年度は引き続き飼育デザインの検討をおこなうことで、安定した繁殖コロニーの確立に成功した。餌を十分に与えた状態で、物理的環境条件が本種の繁殖に好適な条件に保たれた室内飼育施設と、日長条件は野外と変わらないが、野外よりも夏季には環境温度が高く、冬季には環境温度が低くなるように設定した半野外飼育施設において飼育交配実験をおこない、繁殖状態の季節変化を比較した。その結果、室内では通年繁殖が維持される一方で、半野外飼育施設では春と秋にしか繁殖が起こらなかった。このことより、日長が繁殖誘導因子として機能する可能性は低いことが示唆された。さらに、野生下では本来繁殖期にあたる冬季に、より低温にさらすと、雌雄ともに繁殖状態が悪化することが分かった。一方で、本来、野生下では全く繁殖個体のいない夏季の環境条件でも、雌雄を同居させるだけで雄の発情は誘導され、運動性の高い精子を形成することが明らかになった。これらのことから、本種の繁殖に関しては環境温度の方が日長より重要な修飾因子であり、かつ、その影響は特に雌で大きいことが示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初は、糞中ステロイドホルモン測定系の確立(課題1)、屋外での繁殖生理状態の評価系の確立(課題2)、アカネズミの飼育下での自然交配による繁殖の誘導(課題3)という3つの課題を実施する予定であった。昨年度報告したように、まず、課題1と課題3について実施したところ、当初は最も困難であると思われた課題3について成果が得られ、繁殖率は低いながらも自然交配によって繁殖を誘導できるようになった。本年度は、さらに繁殖率を高めることで飼育コロニーを確立できた。これは本研究の目的を達成する上で大きなブレークスルーとなり、実績の項で前述したように、室内での飼育交配実験が可能になったことで、繁殖生理応答における雌雄差の形成に重要な環境要因を絞り込めた。交付申請時に予定していた野外実験を組むよりもはるかに効率的に成果を得ることができ、また実験的に導きだせたという観点からも良い成果を得ることができたと考えている。 他方、課題1については試行錯誤の域を抜け出せていない。特に、血清中の性ホルモン値の変動や膣垢から推定した性周期に対し、糞中の性ホルモン値の変動がどの程度の時間的遅れを持った反応であるかなど、詳細な解析は今のところ困難である。ただし、高い性ホルモンレベルは検出可能になってきたので、繁殖に好適な状態か否かを判別することはできる。この成果は想定よりは好ましくないが、飼育下での繁殖実験の結果から、日長による発情誘導のプロセスよりも、環境温度による発情阻害のプロセスに焦点を向けるべきだと考えている。したがって、性周期をモニタリングすることにとらわれず、性ホルモンレベルの高低やストレスホルモンレベルを判断基準に、発情阻害のプロセスをモニタリングする方が研究の進展につながると考えるようになった。 以上のような考えから総合的に判断して、研究全体はおおむね順調に進展していると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
当初は、野外でサンプリングした糞中の性ホルモン動態を評価することで、繁殖期が異なる集団や生態的に良く似た北米大陸固有の野ネズミの生理状態を比較し、繁殖期の形成に重要な物理環境要因と雌雄差について検証する予定であった。しかし、これまでの研究による成果を鑑みると、飼育下での繁殖を可能にしたことが最も特筆すべき成果であり、自身の研究のオリジナリティに直結する可能性が高いと考えられる。そこで残り1年という実施期間も考慮して、繁殖期が異なるより寒冷な気候条件の地域からアカネズミを集めて、半野外と室内それぞれで、宮崎の集団と同一環境条件において雌雄同居飼育をおこなった時に、繁殖時期がどのように変化するかを確かめる。この操作によって、他地域の集団はより暖かい環境にさらされることになる。もしそれぞれの地域での繁殖期が遺伝的に強く制御されたものであるならば、繁殖期は元の地域と類似した時期になる。これに対し、本種の繁殖が環境に応じてその時期を柔軟に変えられる表現型可塑的形質であれば、比較的短い時間スケールで宮崎集団の繁殖期と類似した時期に繁殖をおこなうようになるはずである。他地域のものも室内で通年繁殖が観察されれば、後者を指示するかなり強い証拠になるだろう。このような検証をおこなう過程で、生殖器の外部形態の観察と糞尿に含まれる性ホルモンレベルやストレスホルモンレベルによって、雌雄の繁殖状態の変化をモニタリングする。これによって、繁殖期を形成する上での雌雄の役割の違いが、日長による発情誘導のプロセスと環境温度による発情阻害のプロセスのどちらのプロセスで生じる現象であるのかがより明瞭になるはずである。
|
次年度の研究費の使用計画 |
「現在までの達成度」の項で詳しく述べた通り、繁殖コロニーを確立できた一方で、性ホルモン検出系は野外調査に摘要可能なレベルに至らなかった。試行結果と文献や学会などでの情報収集を重ね合わせて考えると、性ホルモン検出系の精度を向上させられるかどうかは非常に難しく、また、できたとしてもそれまでに長い時間を要すると判断した。そのため、当該年度は繁殖コロニーの確立と飼育交配実験を中心に研究を進めた。その結果、野外調査出張のために計画していた旅費と性ホルモン測定に用いるElizaキットなどの物品購入費が大幅に削減された。繁殖コロニーの維持と飼育交配実験にも多くの維持費と人件費を必要としたが、これらに使用可能であるが年度内に使用が限られる他の予算を獲得できたため、次年度に繰越可能な科研費の方を繰り越すことにした。 次年度は繁殖コロニーの維持と飼育交配実験のため、飼育に関する費用と人件費が本年度よりも多く必要である。また、最終年度にあたるため、複数の学会で成果を報告する予定である。そのため、野外出張調査に加えて学会発表に関する予算を多めに計上している。性ホルモン測定はそれほど実施しないため、これに関する予算は削減する予定である。資金に若干の余裕が出来ることから、高価なために断念していたElizaキットによるストレスホルモンの検出を試みる。そのため、これに関する物品を購入予定である。また、本研究の成果について現在複数の論文を準備中であるため、校閲費などの論文掲載に関する費用も必要である。これらの費用を賄うために、次年度に繰り越した予算を当初次年度分として計上していた予算と合わせて用いるつもりである。
|