研究課題/領域番号 |
24657018
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研究機関 | 宮崎大学 |
研究代表者 |
坂本 信介 宮崎大学, フロンティア科学実験総合センター, 特任助教 (80611368)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 温周性 / 季節応答 / 季節繁殖 / 光周性 / 哺乳動物 |
研究実績の概要 |
哺乳動物では繁殖のコストが雌に著しく偏るために,季節的環境への適応過程で繁殖生理応答に性差が形成されるという仮説を検証することが本研究の主目的である.具体的には,野生哺乳類を用いて,光周性自体に性差があるのか,あるいは,日長以外の要因による繁殖への修飾作用に性差があるのかを検証する.日本固有種のアカネズミは繁殖期が地域によって大きく異なるため,この検証に最適である.しかし,アカネズミは飼育下での交配が極めて難しいとされてきた. この問題を解決するために,まず繁殖を誘導できる飼育法に取組み,昨年度までに繁殖コロニーの確立に成功した.本年はこの繁殖コロニーを用いた飼育実験を継続した. 物理的環境条件が本種の繁殖に好適な条件に保たれた室内飼育施設と,日長条件は野外と変わらないが,野外よりも夏季には環境温度が高く,冬季には環境温度が低くなるように設定した半野外飼育施設を用いて,飼育交配実験をおこなった.この際,餌と水は十分に与えた.繁殖状態の季節変化を比較した結果,室内では通年繁殖が維持される一方で,半野外飼育施設では春と秋にしか繁殖が起こらなかった.このことより,日長が繁殖の誘導と阻害の双方を司る因子として機能する可能性は低いことが示唆された.さらに,半野外条件で飼育することで,野生下では繁殖期にあたる冬季に,より低温にさらすと,雌雄ともに繁殖状態が悪化することが分かった.一方で,本来,野生下では全く繁殖個体のいない夏季の環境条件でも雌雄を同居させるだけで雄の発情は誘導され,運動性の高い精子を形成することが明らかになった.これらのことから,本種の繁殖に関しては環境温度が重要な修飾因子であり,特に雌では直接的に繁殖を阻害することが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初は,糞中ステロイドホルモン測定系の確立(課題1),屋外での繁殖生理状態の評価系の確立(課題2),アカネズミの飼育下での自然交配による繁殖の誘導(課題3)という3つの課題を実施する予定であった.昨年度報告したように,まず課題1と課題3について実施したところ,当初は最も困難であると思われた課題3について成果が得られ,繁殖率は低いながらも自然交配によって繁殖を誘導できるようになった.本年度はさらに繁殖率を高めることに成功した. 実績の項で前述した通り,室内での飼育交配実験が可能になったことで,繁殖生理応答における雌雄差の形成に重要な環境要因を実験的に絞り込めるようになった.交付申請時に予定していた野外実験よりもはるかに効率的に成果を得ることができるようになったため,本研究の目的を達成する上で大きなブレークスルーとなった. 他方、課題1については研究期間内にこれを達成することは難しいと判断し,継続を断念した.主な原因は,現在の測定方法では糞中の性ホルモン値は濃度が非常に低く,値の変動を検出しても信頼性が低いということが分かったためである.そのため,糞中の性ホルモン値の変動から外部刺激への応答を予測することや,血清中の性ホルモン値の変動や膣垢から推定した性周期に対し,どの程度の時間的遅れを持った反応であるかなど,詳細な解析は困難であった.ただし,高い性ホルモンレベルは検出でき,繁殖に好適な状態か否かは判別できるようになった.アカネズミの場合は膣の開閉で繁殖状態の良し悪しを判断できるが,そのような形態変化を示さない動物に対しては有効な解析法になることが期待される. 以上のような考えから総合的に判断して、研究全体はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
当初は,野外で採集した糞中の性ホルモン動態を評価することで,繁殖期が異なる集団や生態的に良く似た北米大陸固有の野ネズミの生理状態を比較し,繁殖期の形成に重要な物理環境要因と雌雄差について検証する予定であった.しかし,これまでの本研究で最も特筆すべき成果は,飼育下での繁殖を可能にしたことであり,これが本研究のオリジナリティに直結する.そこで残り1年という実施期間も考慮して,実験は以下に焦点を絞り,できる限り成果の論文発表をおこなう. 半野外と室内それぞれで雌雄同居飼育を行い,繁殖時期の変化を,宮崎の集団とより寒冷な地域の集団で比較する.各地域での繁殖期が遺伝的に強く制御された形質に依存して固定的であれば,繁殖期は元の地域と類似した時期から大きく変わらないはずである.これに対し、本種の繁殖が環境に応じて時期を柔軟に変えられる表現型可塑的な形質に大きく依存するのであれば,比較的短い時間スケールで宮崎集団の繁殖期と類似した時期に繁殖するようになるはずである.他地域のものも室内で通年繁殖が観察されれば,後者を指示するかなり強い証拠になる. 飼育下での繁殖実験の結果から,日長による発情誘導のプロセスよりも環境温度による発情阻害のプロセスに焦点を向けるべきだと考えられる.したがって,性周期にとらわれず,性ホルモンレベルの高低やストレスホルモンレベルを判断基準に,発情阻害のプロセスをモニタリングする方が研究の進展につながるかもしれない。 そこで,上の検証をおこなう過程で,生殖器の外部形態の観察と尿に含まれるストレスホルモンレベルから環境ストレスをモニタリングする.これによって,繁殖期を形成する上での雌雄の役割の違いが,日長による発情誘導のプロセスと環境温度による発情阻害のプロセスのどちらのプロセスで生じる現象であるのかがより明瞭になるはずである.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究は哺乳類の季節繁殖制御機構に雌雄差があるかを検証する.好適な材料であるアカネズミが飼育下で難繁殖のため,当初は繁殖期が異なる野生集団や,良く似た形質をもつ北米の齧歯類集団間で繁殖形質を比較する予定であったが,飼育継代繁殖に成功するというブレークスルーを果たせた.この成果を活かすべく,飼育実験に計画を切り替えた.動物飼育のため,野外調査と長期出張を控え,また人件費を捻出するために機材・消耗品費を別予算で賄うよう務めた結果,次年度使用額が生じた.
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次年度使用額の使用計画 |
本研究は季節的な現象を扱うため,信頼性の高い結果を得るための反復データを集めるためには長期に渡り実験を継続する必要がある.安定した繁殖コロニーを樹立するまでに時間がかかり,ようやく繁殖実験をスムーズに実施できるレベルに到達したところである.次年度はこの実験に必要な経費に未使用学を使用する予定であり,特にストレスホルモンの解析に費用を使いたいと考えている.また,得られた成果のうちいくつかは既に発表に至ったが,現在進行中の実験が最も良い成果が期待できる.この成果を論文として発表するための校閲費と投稿費などに使用する予定である.
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