本研究の主な目的は、コオロギでの遺伝子導入法を用いた学習実験系の確立させることである。またこれに関連して2重鎖RNAを用いた遺伝子発現阻害技術を確立し、学習において罰や報酬情報を伝える伝達物質についての論争に決着をつけることである。 前者については、新たにCrispr/Casシステムを用いたタイプ1ドーパミン受容体DopR1遺伝子のノックアウト個体の創出を目指した研究を進めた。受精卵へのCas9 mRNAとguide RNAをインジェクションした個体同士を掛け合わせ、ヘテロでDopR1遺伝子に変異が入った個体をオス7匹、メス4匹得ることに成功した。現在、それらの掛け合わせてホモのDopR1ノックアウト個体の創出を目指している。すなわち本研究の目的であるトランスジェニックコオロギの創出に明確な見通しを立てることに成功した。 後者については、本年度はタイプ1オクトパミン受容体(OA1)のRNAi実験を進めた。OA1遺伝子の2重鎖RNAiを合成し、成虫コオロギに血中投与し2日後に報酬学習または罰学習を行ったところ、罰学習は正常であるが報酬学習が成立しなかった。これはOA1が報酬学習には関わるが罰学習には関わらないことを示してる。本研究は、ドーパミンニューロンが学習において報酬情報を担い、オクトパミンニューロンが罰情報を担うことを明確に示すもので、前年度のDopR1およびDopR2ドーパミン受容体遺伝子のRNAiの結果と合わせて、昆虫の学習にかかわる伝達物質についての論争に決着をつけるものであった。
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