風穴植物は,風穴から流れ出る冷やされた空気のために,低地でありながら,本来は本州の亜高山以上の高地や北海道以北のような寒冷地に分布する植物が,低地でありながら風穴付近に限って隔離されて分布する植物のことである.これらの植物は最終氷期において,日本列島が現在よりも冷涼な環境であった際に日本全体に広く分布していたが,その後の気候温暖化にともなって,風穴付近に取り残されたまま,現在まで維持されているという仮説が提唱されている.本課題では,現在の風穴地が寒冷地植物のレフュージアになっているという仮説を検証するために,本州の風穴地集団と北海道の寒冷地集団における遺伝的分化,遺伝的多様性を遺伝的マーカーを用いて推定を行うことを目的とした. 最終年度は,核遺伝子を用いた解析を行い,前年度までの葉緑体DNA変異の解析と比較対照を行ったが,風穴地集団と寒冷地集団の間には大きな分化は見られなかった. 本研究から得られた結果として,本州の風穴地には葉緑体DNAでは固有のハプロタイプが見られるが,大部分のハプロタイプは北海道の集団と共通であり,風穴地集団と寒冷地集団の間で遺伝的分化が生じているという強い証拠は得られなかった.葉緑体DNAの進化速度はあまり速くなく,地理的な隔離が生じてから,変異が蓄積するのに十分な時間が経過していない可能性が考えられる. 今後の研究の展開としては,本研究で用いたよりも速い進化速度を持つ核遺伝子マーカーを用いた解析や次世代型シーケンサーを用いた大量の遺伝的情報を用いた解析を行い,風穴地集団と寒冷地集団の遺伝的分化を詳細に解析して,仮説の検討を行うことが必要であると考えられる.
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