研究課題
クマムシは外界の乾燥に応じてほぼ完全に脱水し様々な極限環境に耐性を示すが、その分子メカニズムはほとんどわかっていない。最近行われたゲノム・トランスクリプトーム解析の結果、クマムシでは乾燥時の遺伝子の発現変動は極めて少なく、耐性に関わる遺伝子群は常に発現していることが示唆された。一方で、クマムシ固有の新規遺伝子群が常時大量に発現していることも明らかとなり、これらの遺伝子産物群がクマムシ固有の耐性メカニズムに寄与している可能性が考えられた。本年度は、まず最も発現量が多いA1の遺伝子産物について、ヨコヅナクマムシの破砕液からの分離を試み、低速遠心の沈殿分画にA1が最もメジャーなタンパク質として回収できることを見出した。この分画のネガティブ染色像を電子顕微鏡により観察した結果、直径約15nmの螺旋状の構造体が観察された。さらに大腸菌発現系を用いて誘導・精製したリコンビナントA1タンパク質について非変性条件でのネガティブ染色像を観察した結果、先のクマムシ破砕液の沈殿分画で観察されたものと同様の構造体が観察された。このことから、クマムシ破砕液で観察された構造体はA1タンパク質によって構築されたものと考えられ、こうした構造体を形成することで、細胞に機械的な強度を付与し乾燥などに伴う力学的ストレスへの抵抗性強化に寄与している可能性が考えられた。次に、A1タンパク質の機能する時期を明らかにするために、発生段階におけるWestern blot解析を行った結果、卵・成体では発現する一方、幼体では発現していないことが明らかとなり、A1は特定の時期にのみ機能していると考えられた。また、これまでに同定した大量発現する2つの熱可溶性タンパク質ファミリーについてその細胞内局在が両者で異なることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
A1タンパク質が構成する構造体の形状を明らかにすることが当該年度の最も主要な目的であり、この目的は達成された。また、精製したリコンビナントA1タンパク質の結果から、この構造体を構成するものがA1タンパク質だけで十分であることも明らかにした。一方、A1蛋白質の生体内における局在については、個体が非常に小さくハンドリングが困難なことに加えクチクラで覆われていることから切片作成の条件検討に時間を要した。卵を用いることで切片作成の目処が立ちつつあるが、同時期に他のクマムシでホールマウントでの免疫染色法が確立されたことから、ホールマウントでの免疫染色法に切り替える予定である。
1.ホールマウント免疫染色法による局在解析近年、他のクマムシ種においてクチクラに穴を開けてから固定し、抗体反応時間を数日間に延長することで綺麗なホールマウント免疫染色像が得られることが報告された。そこで、この系を応用して、A1タンパク質の局在を解析する。個体の厚みが30-40ミクロン程度であることから、基本的には共焦点顕微鏡を用いた光学切片による解析を行うが、必要に応じて染色後に切片を作成することも検討する。2.高次構造体の再構成と細胞の保護活性への寄与A1の構成する高次構造体の機能を解析するため、異種培養細胞にA1タンパク質を大量に発現させ、異種細胞内に高次構造体を再構成させる。再構成できたかどうかは低速遠心とショ糖密度勾配遠心を組み合わせて該当画分を分離し、ネガティブ染色により確認する。高次構造体は細胞構造を支える役割を持つと推定されることから、クマムシのもつ耐性のうち、乾燥耐性、高浸透圧耐性、凍結耐性への寄与を調べる。また、細胞の生存までは至らぬものの、タンパク質等の保護活性を持つ可能性を検討するために、細胞内酵素の活性の残存率に与える影響を解析する。3.耐性向上に寄与するクマムシ大量発現遺伝子の追加探索我々はこれまでに、クマムシから煮沸しても凝集沈殿しない固有の天然変性タンパク質が大量に発現していることを見出している。それぞれのタンパク質の性質から、A1タンパク質による高次構造体が乾燥時の細胞構造を支えるいわば鉄筋として働き、天然変性タンパク質がその内部空間をコンクリートのように埋めることで、強固な鉄筋コンクリート様構造を構成し、乾燥耐性の基盤になるというモデルが考えられる。このモデルを検証するため、A1タンパク質に加えてこれらの天然変性タンパク質を同時に共導入し、細胞の保護活性が向上するかどうかを解析する。
免疫染色に用いる蛍光試薬や、培養細胞の維持、遺伝子導入等に用いる試薬などのために消耗品として約100万円を支出する。学会発表のための旅費として30万円、英文校正等を含む成果発表にかかる費用として30万円を支出する計画である。
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PLoS ONE
巻: 7 ページ: e44209
10.1371/journal.pone.0044209