従来の生命科学研究は、細胞内外で進行する生化学的な信号変換過程を解明することを主要な目標としてきた。しかしながら近年、細胞内部で生み出された力や細胞内外の力学的性質も、分化、成長、遊走、秩序形成等の様々な細胞の振る舞いに大きな影響を与えることが分かってきた。例えば細胞が働く生体組織環境は主に柔らかい物質からなるために、細胞が生成する程度の力によって非線形に応答してその物理的性質が変化する。逆に細胞はダイナミックに変化する周囲環境の物理的性質を計測することで自らの挙動を決定する。最近我々の研究により、細胞は、自他の境界(細胞膜)上に存在するセンサーで牽引力を検出することで、自らの硬さを物差しとして周囲環境の硬さを測っていることがわかってきた。つまり、細胞は周囲環境の力学的性質を知覚してその挙動を変化させる。 本研究ではさらに培養骨細胞が細胞突起を伸長させる際に、周囲環境の力学的要因が果たす役割を明らかにすることを目指した予備的な研究を行った。そのために生体環境を模したコラーゲンゲル中で3次元培養した。細胞突起の伸張を誘導する薬剤を封入したベシクルを油水界面通過法により作製し、これを細胞とともに3次元培養ゲル中に分散させた。ベシクルから徐放される誘導剤の空間的濃度勾配を感知して、付近に分散させた細胞がベシクルに向かって細胞突起を伸張させることが期待される。 さらにSLM(空間位相変調素子)を用いた多点同時光トラップ行い、細胞とベシクルの配置を自在に制御することを可能にした。これは、様々な種類の細胞を意のままに配置して、結合させるための基礎技術である。また、同時に3次元培養ゲル中に屈折率の高いコロイド粒子を分散させておけば、これらを同時にトラップすることで、3次元培養ゲル、あるいは細胞自身の任意の部位を多点同時に力学刺激することも可能になった。
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