研究概要 |
パンコムギは、祖先2倍体種由来のA, B, Dと3つのゲノムを持つ異質6倍数体種である。それぞれのゲノムが内包する遺伝子セットは基本的に同じであるため、パンコムギは、3つの重複した遺伝子(同祖遺伝子)を持つことになる。パンコムギ品種Chinese Spring(CS)クラスE MADSボックス遺伝子WLHS1の同祖遺伝子は、WLHS1-A(Aゲノム同祖遺伝子)は遺伝子構造が変化しており、WLHS1-Bはエピジェネティックにサイレンシングされており、WLHS1-Dのみが機能的であると考えられる。本研究では、WLHS1遺伝子をモデルに、倍数体における「同祖遺伝子計数機構」の存在を証明する。 1. CSにおける4D染色体欠失系統の解析 WLHS1-D遺伝子は、4D染色体に座乗する。WLHS1-Dを含むあるいは含まない欠失領域をもつ4D染色体長腕部分欠失系統の幼穂におけるWLHS1-B遺伝子の発現変動をリアルタイムPCR法により調査した。その結果、WLHS1-Dの欠失に伴うWLHS1-Bの明確な発現変動は観察されなかった。 2. クラスD MADSボックス遺伝子(WSTK)の同祖遺伝子の解析 WLHS1遺伝子の解析結果が予想通りの結果にならなかったため、クラスD MADSボックス遺伝子(WSTK)の同祖遺伝子を材料に、「同祖遺伝子計数機構」の解明を行うこととした。6倍体および4倍体コムギにおけるWSTK遺伝子の同祖遺伝子の発現を調査したところ、いずれにおいてもBゲノム同祖遺伝子(WSTK-B)が高発現しており、その他の同祖遺伝子はサイレンシングされていることが判明した。4倍体のマカロニコムギと2倍体のタルホコムギから人為的に作出した合成6倍体でも、常にWSTK-Bのみが高発現しており、このWSTK遺伝子においても「同祖遺伝子計数機構」の存在が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
倍数性は植物に広くみられる現象である。パンコムギは、祖先2倍体種由来のA, B, Dと3つのゲノムを持つ異質6倍数体種であり、それぞれの遺伝子に関して、基本的にA, B, Dそれぞれのゲノムに同祖遺伝子が存在する。本研究では、パンコムギのクラスE MADSボックスWLHS1遺伝子をモデルに、倍数体における「同祖遺伝子計数機構」の存在を証明することを目的とした。「同祖遺伝子計数機構」の解明は、倍数性作物の新たな育種技術の確立につながると考えられる。平成24年度の研究により、当初予想していたような、機能的なWLHS1-D遺伝子の有無により、WLHS1-B遺伝子のサイレンシングパターンが変化するという明確な結果は得られなかった。そこで、クラスE遺伝子と同様にMADSボックス遺伝子で、胚珠形成に関与するクラスD遺伝子(WSTK)の解析を行った。その結果、WSTK遺伝子では、2倍体ではA, B, Dゲノムそれぞれの遺伝子が発現しているが、4倍体(AABB)では、WSTK-A(Aゲノム同祖遺伝子)がサイレンシングされ、6倍体(AABBDD)では、WSTK-Aに加えてWSTK-Dもサイレンシングされることが明らかとなった。しかも、人為的に作出した合成6倍体でも同様のパターンを示した。この結果は、まさに本研究の目的である「同祖遺伝子計数機構」が存在することを示唆しており、研究の方向転換はあったが、目標に向かって進んでいると考えられる。
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