凝固障害、炎症、ガンに対する医薬品としてプロテアーゼ阻害剤が開発されてきた。その基本戦略は、活性部位に特異的に結合する低分子薬剤を用いた酵素の不活性化である。一方、多くのプロテアーゼは、活性型酵素と比べ余分なポリペプチド鎖が付いた不活性なプロ酵素として作られる。研究代表者は、血圧調節プロテアーゼ・レニンに着目し、プロ酵素に備わる不活性化機構を明らかにし、阻害剤設計の新しいアイデアを得たいと考えた。 酵素レニンは血液中に存在し、基質タンパク質であるアンジオテンシノーゲンの特定箇所を切断、強力な血管収縮ペプチドの前駆体を生成する。これまでに、レニン反応の解明に有用な三次元立体構造が、プロ酵素、酵素・低分子阻害剤複合体、酵素・基質複合体に対し合計65種類決定されている。しかし酵素・基質複合体は低分解能(分解能4.4Å)の構造に留まっている。そこで、反応機構の理解に必要な分解能(2Å)にて酵素・基質複合体の結晶構造を決定するため、光架橋によって強固な複合体を作り分解能の向上するアイデアを着想した。 最終年度、昨年度に開発した大腸菌培養リアクター(培地0.5 L)を用いて、従来法(15 Lタンク)と比べ約12倍高い効率にて、動物細胞で生産した標品と同程度の反応性を有す基質タンパク質をmgオーダーで調製できた。さらに、同リアクターを用いて光架橋性の非天然アミノ酸を導入した変異型基質をmgオーダーで調製することにも成功した。変異型基質と野生型レニンとの光架橋の結果、形成率が低いものの酵素・基質複合体が検出できた。現在、レニンの調製と複合体形成法を検討中である。 一方、実験的手法とは別に、現時点での全てのレニンの立体構造を比較した。その結果、レニンの活性部位を覆うループ構造の開閉に伴い、水素結合ネットワークの再編によって触媒残基の酸解離定数が上昇し、血液中でレニンが作用できる仕組みが考察できた。
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