昆虫の分布の北限は、越冬可能温度(耐寒性)や生活環完了に必要な有効積算温量(実際の温度と昆虫の発育限界温度との差の時間積算)によって決まっているとされることが多いが、ここでは、生活環を開始するために必要不可欠な成虫の産卵の成否に着目した。本研究の目的は、「マツノマダラカミキリの分布の北限は、夏の夜の寒さが成虫の卵巣発育および寿命に影響することによって決まっている」という仮説を検証し、成虫になった後、性成熟のために摂食する必要がある昆虫の分布の北限を決定する要因を解明することである。今年度は、以下のことを行った。 1.マツ林の夏季の林内温度の測定:マツノマダラカミキリが分布する秋田市、分布境界の盛岡市と青森県深浦町、および分布しない青森市において、引き続きマツ林の林内温度変化を測定したところ、今年度も林内温度は青森市が最も低かった。 2.マツノマダラカミキリ(岩手県産)の卵巣発育および寿命に対する温度の影響の解明:24年度の結果と同様に、25℃(14時間)-15℃(10時間)変温区では、25℃恒温区と比較して卵巣発育の程度および寿命に差がなかった。このため、日中の気温が25℃であれば夜間の気温が15℃であっても、卵巣発育には影響しないと考えられた。 3.岩手県産と茨城県産のマツノマダラカミキリの比較:岩手県産と茨城県産の間に、卵巣発育および寿命に対する低温(15℃)の影響の差は見られなかった。 一方、25年度(岩手県産)の結果より、25℃(14時間)-10℃(10時間)変温区では、25℃恒温区に比べて、卵巣発育が遅れ、成熟卵数が少なくなった。すなわち、日中の気温が25℃であっても夜間の気温が10℃にまで下がれば、卵巣発育に影響することが明らかになった。ただし、成熟卵が全くできないわけではないため、夏の夜の寒さが成虫の卵巣発育に及ぼす影響だけで分布の北限を説明することはできなかった。
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