魚類の中には、同種の他個体に対して強い攻撃性を示すものも多い。その攻撃性を何らかの手段で抑制することができれば、多くの魚種の養殖効率が飛躍的に高まることが期待される。魚類を含む脊椎動物の攻撃性を高める主因子は男性ホルモンであることが知られているが、男性ホルモン作用を阻害することで、攻撃性を抑制するアイデアは、その副作用を考えると現実的ではない。そこで我々は、男性ホルモンによる攻撃行動の誘導に関わる脳内メカニズムを明らかにし、そこをピンポイントで制御できれば、生殖機能などに副作用を与えることなく、攻撃行動のみを抑制できるはずだと考えた。そのような着想のもと、本研究では昨年度、男性ホルモンによって制御され、攻撃行動を引き起こす脳内遺伝子の候補としてバソトシン遺伝子(vt)を同定した。 本年度はまず、vtの発現パターンを詳細に調べ、視床下部内の一部にオス特異的に存在するvt発現ニューロンが、アンドロゲン受容体も共発現していることを明らかにした。このことから、アンドロゲンが、オス特異的にvtの発現を直接的に誘導していることが推察された。そこで、アンドロゲンがvtの転写を直接的に活性化させる可能性を検証するために、vtの推定制御領域にルシフェラーゼを結合させたコンストラトを作成し、アンドロゲンがルシフェラーゼ活性に及ぼす影響を調べた。その結果、アンドロゲンが直接的にvtの転写を活性化させることを示す予備的なデータを得ることができた。 また、vtのアゴニストをメダカの脳室内に投与することで、vtの機能発現を模倣し、その際の攻撃行動の変化を定量解析した。本来は攻撃行動を示さないメスのメダカにvtのアゴニストを投与したところ、顕著な攻撃行動が誘起された。これにより、vtが攻撃性を誘導する脳内因子であることが証明された。
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