本研究の目的は、故西尾敏夫氏(元愛知県農業試験場技師)が開発し、全国規模の調査が行われた「耕脈」という方法を使って、水田農村(集落)の賃貸借・受委託関係を1980~2010年にわたって追跡調査し、それによってこの間に起こったわが国水田農業の構造変化を微視的かつ動態的にとらえることである。これに加えて賃貸借・受委託市場が純粋な市場行為の場として成立しているのではなく、集落の歴史的経過の中で地縁・血縁的に成立していること、ならびにそうした観点からの社会システム論的接近が水田農業の構造分析に有効であることを示そうとする狙いがある。 3年間の研究期間にわたる耕脈調査は佐賀県吉野ヶ里町(旧東背振村)上石動・下石動・西石動地区と山形県酒田市(旧八幡町)大島田地区で行われた。集落代表者(農業委員)からの聞き取り調査は30年間にわたる賃貸借・受委託関係の変化、農家家族変化と経営継承のあり方をめぐって行われ、またデータ分析は農業委員会の農地基本台帳、農業センサス集落統計・農家個票を利用しながらの時系列解析が行われた。また賃貸借・受委託関係の促進要因として農協営農指導事業の果たす役割が大きいことも事例的に明らかにしてきた。 両地区の耕脈調査と農協調査から明らかになったことは、耕脈の形成と変化は、その集落で歴史的に形成されてきた人的関係の密度(ヒューマンキャピタルといわれる人々の協力関係)の高さのみならず、経済目的から生じる経営者機能の高度化による受託者層の成長によっても影響されるという点である。ただし受託者層の成長にも「集落営農」が発展したものと「個別経営」が発展したものの2タイプがあって、おおむねヒューマンキャピタルの高いところでは集落営農タイプ、低いところでは個別経営タイプの発展がみられた。この違いをもたらす一つの要因として宗教、具体的にはお寺の宗派が関係していることも推測された。
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