研究課題
挑戦的萌芽研究
有機-無機ハイブリッド分子は有機化合物と無機化合物の特性を併せ持つ化合物であるが,生命科学への応用は皆無に等しい。ハイブリッド分子は,分子に特異な三次元構造を付与することができるので,生体機能解析のツールや創薬のリード/シード化合物として期待される。本研究は,これまでまったく研究されてこなかった求核性有機金属化合物に着目し,その毒性発現に関わる分子標的と生体システムを解明することを目的としている。平成24年年度は,材料として第16族元素であるテルルおよびセレンを求核中心とする求核性有機金属化合物(ジフェニルジテルライドDPDTおよびジフェニルジセルライド)DPDS)を用い,第一に,その毒性の比較を行った。DPDTはウシ大動脈内皮細胞およびヒト胎児肺線維芽細胞IMR-90の細胞内に高く蓄積し強い細胞毒性を示したが,ウシ大動脈平滑筋細胞およびブタ腎上皮LLC-PK1細胞は抵抗性を示した。DPDSはいずれの細胞に対してもきわめて低い蓄積性しか示さず,細胞毒性も認められなかった。第二に,DPDTおよびDPDSで処理したヒト冠動脈内皮細胞について,DNAマイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解析を行った。その結果,DPDTによって小胞体ストレス,タンパク質合成阻害,細胞増殖阻害,エネルギー産生阻害などが発生していることが示唆された。第三に,ジーントラップ挿入変異細胞ライブラリーよりDPDTに対する感受性低下細胞をクローニングし,15クローンを獲得することに成功した。以上の実験結果は,求核性有機金属化合物は導入金属によって細胞内蓄積性とそれによる毒性がまったく異なること,求核性有機金属化合物が標的とする生体分子・生体システムが存在すること,および求核性有機金属化合物に対する感受性を決定する生体システムが存在すること,を示している。
2: おおむね順調に進展している
本研究課題は,これまで毒性学ではほとんど研究対象になってこなかった求核性有機金属化合物の毒性を,求核性有機金属化合物を細胞内に輸送するシステム,求核性有機金属化合物に対する応答遺伝子群,および求核性有機金属化合物の毒性発現に関わる分子標的と生体システムの解明を通じて明らかにしようとするものである。そのために(1)ジーントラップ挿入変異細胞ライブラリーによる解析および(2)求核性有機金属化合物に対する応答遺伝子群の解析を行い,その詳細な解析から(3)求核性有機金属化合物の毒性発現に関わる分子標的と生体システムを明らかにすることを計画した。平成24年度はこれらの計画の前提となる有機テルル化合物およびそのセレン置換体の細胞毒性の特性を明らかにし,細胞毒性を示す有機テルル化合物に対する応答遺伝子群をDNAマイクロアレイによって解析し,さらにジーントラップ挿入変異細胞ライブラリーから有機テルル化合物に対する感受性低下細胞クローンを獲得することに成功した。これらは求核性有機金属化合物の毒性発現に関わる分子標的と生体システムを明らかにするために不可欠な基礎的研究成果であり,本研究課題の初年度の達成度として十分なものである。
平成24年度の研究成果を活かし,本研究課題の目的である求核性有機金属化合物の毒性発現に関わる分子標的と生体システムの解明に取り組む。第一に,有機テルル化合物に対する感受性低下細胞クローンを,引き続きジーントラップ挿入変異細胞ライブラリーより単離する。有機テルル化合物に対する感受性低下因子は多様である可能性があり,それを可能な限り多く検出するためである。第二に,この感受性低下クローンについてジーントラップ法でトラップされた内在性遺伝子とレポーター遺伝子とのキメラmRNA をPCR 法 (5'-RACE 法)で増幅した後,シークエンスを行い,遺伝子を同定する。第三に,この遺伝子をノックダウンした内皮細胞などのcell typesが実際に有機テルル化合物に対する感受性を低下させるかどうか検討する。第四に,有機テルル化合物によって発現誘導が認められた(有機セレン化合物では誘導されない)遺伝子について,内皮細胞に対してRNA干渉法によるノックダウンを行い,有機テルル化合物に対する感受性の変化を解析する。以上の検討を平成25-26年度に行うことによって,有機テルル/セレン化合物をモデルとして求核性有機金属化合物の毒性発現に関わる分子標的と生体システムを解明する。
本研究課題が試薬などの消耗品を多く使用した実験に依存することから,研究費は主として遺伝子解析に必要な試薬の購入に充てる。一部は研究成果発表のための国内旅費,論文の英文校正料にも使用する。
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すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 6件) 学会発表 (8件) (うち招待講演 3件) 備考 (2件)
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