研究課題
蛍光のVenus遺伝子と発光を触媒するluciferaseが融合したffLucトランスジェニックマウスの妊娠15日目の胎生胚から、神経幹細胞を含有した皮質部を単離後、EGF, FGFを加え、neurosphere法で浮遊培養し、neurosphere形成を確認した。一方で後根神経節を単離し、結合組織などを除去後、浮遊培養を行なったところ、神経堤細胞由来のneurosphereが得られた。neurosphere法で培養された神経幹細胞を今回、独自に開発した胃壁固定器具を用いて固定したマウスの胃幽門部に向け、ガラス針装着Hamiltonシリンジで注入した。移植細胞はin vivo imaging system(IVIS)により、ffLuc transgenic mouse由来の細胞が生着していることが確認された。移植から3-4週後に抗GFP抗体を用いて蛍光免疫組織化学的に評価したところ、筋間神経叢でGFP陽性細胞を認め、神経幹細胞の筋間神経叢への生着を確認した。一方、2型糖尿病モデル動物、db/dbマウスの胃排出能を13C酢酸呼気試験法にて評価した。16mg/kgの13C標識酢酸を半消化態経腸栄養剤に混合後、経胃管的に投与し、動物を一匹ずつチャンバー内に留置した。呼気を持続吸引により呼気バックへ回収後、13C標識CO2(13CO2)を赤外分光分析装置で測定し、13Cの総投与量の半減期にあたる時間(T1/2)を胃排出能の指標とした。コントロールとしたヘテロマウス(db/+m)に比し、db/dbマウスの約27%で胃排出が遅延した。胃排出遅延を伴ったdb/dbマウスで筋間神経叢におけるnNOS発現は有意に低下していた。胃排出が遷延したnNOSノックアウトマウスで、ffLuc陽性神経幹細胞移植3週間後に、IVISにより神経幹細胞由来の発光を認め、遅延していた胃排出は是正された。
2: おおむね順調に進展している
消化管運動障害は、その有病率は高いものの有効な治療法が確立しておらず、治療に難渋している疾患である。消化管運動障害のなかでも胃排出能低下がみられる胃不全麻痺に対する治療として、今回、我々は神経幹細胞移植に注目した。以前は移植細胞のマーカーとして、GFP transgenic mouse由来の幹細胞を用いていたが、本研究では蛍光を発するVenus遺伝子に加え、化学発光を触媒するluciferaseが融合した ffLuc transgenic mouseを用いた。本動物の導入とIVISを用いた発光の同定で、胃前庭部に開腹下で直接移植した幹細胞の生着を経時的に確認することに成功した。また、13C呼気試験という非侵襲的胃排出能の測定により、胃排出遅延を特徴とするnNOSノックアウトマウスの同一個体において、移植前と比較し神経幹細胞移植後に胃排出の改善を確認した。胃排出能の改善と解剖前のIVIS所見及び解剖後の筋間神経叢でのGFP陽性細胞の確認により、移植後、筋間神経叢に生着した神経幹細胞が神経細胞に分化し、胃排出改善に寄与したことが示唆された。また移植細胞として、後根神経節から採取された神経堤由来の神経幹細胞を用い、大脳皮質由来の幹細胞と同等にIVISで生着を確認することができた。さらに大脳皮質由来、後根神経節由来いずれの幹細胞もNeurosphere法により3週間培養後に移植に使用した。以上より、神経幹細胞の採取と培養・維持、移植手技と生着確認、機能評価が安定的に行われ、本研究は順調に進行していると考えている。さらに、本研究では、小動物での確認に加え、上記、神経幹細胞移植技術の臨床応用のために、内視鏡下法を用いた、小型豚での神経幹細胞移殖実験の準備を行っている。
脳皮質から採取された神経幹細胞と後根神経節から採取された神経堤由来の神経幹細胞の胃前庭部への移植は、IVISを用いた発光の確認により、生着が確認され、胃排出の改善も得られた。しかし、それらの移植細胞が腸管神経叢に如何に分布したのか、移植した幹細胞からニューロンやグリア細胞にどの程度の割合で分化したのかは依然として評価できていない。この点について、まず全層標本を用い、抗GFP抗体とニューロン、グリア細胞のマーカーを組みあわせた多重蛍光免疫染色により、移植細胞由来の細胞の局在を確認する。これにより、同時にニューロン、もしくはグリア細胞が本来のホスト動物由来のものであるのか、それとも移植細胞由来であるのかについても検討する。この際、ニューロンのマーカーとしては、PGP9.5やHuC/D、グリア細胞のマーカーとしては、GFAPやS100、 Sox10に対する抗体を用いて検討する。さらに移植細胞からニューロンへの分化が確認された後には抑制性ニューロンのマーカーであるnNOS、興奮性神経のマーカーであるChATなどによる免疫組織化学染色でニューロンのサブタイプ解析も行う。また、移植するホスト動物についても、2型糖尿病モデル動物であるdb/dbマウスなどを用い、現在の臨床現場における胃不全麻痺により即した環境での胃排出能改善効果を検討する予定である。糖尿病マウスでは移植を行う際の開腹による侵襲に伴った感染などのストレスに耐えられない可能性も考えられるため、同様に胃排出障害を呈するApoEノックアウトマウスなどの別のモデル動物を用いることも検討する。また、臨床応用を目指して、小動物(マウス)から大動物(小型豚)への応用のために、小型豚で、内視鏡下の神経幹細胞移植も試みる予定である。
神経幹細胞の病態時の消化管壁への移植の際には、免疫反応や酸化ストレスなどに伴う生着率の低下が挙げられ、長期間の神経再生効果の維持にも影響する。特に糖尿病性胃麻痺の成因として、血糖上昇や酸化ストレスの持続的増大が、hemeoxygenase-1 (HO-1)の低下と神経細胞障害やカハール介在細胞(ICC)の減少につながることが考えられる。そのため、本研究では、胃筋層における糖尿病モデル動物のHO-1発現や酸化ストレスについても検討する。次年度は、いわゆる消化管運動障害モデル(糖尿病モデルやApoEノックアウトマウス)の胃幽門部筋層に、後根神経節から採取した神経堤由来の神経幹細胞を3週間培養後にneurosphereとしたものを注入する。神経幹細胞の生着をIVISで確認した後に、13C-酢酸による呼気試験で胃排出能を評価し、その後、胃を摘出し、組織学的に評価する。以上のプロセスにより、実験用動物購入・飼育、外科的手術、神経幹細胞の採取と培養・維持、移植手技と生着確認、機能評価を行うための研究費を使用する。さらに、本法の臨床への応用に向けて、上部消化管内視鏡による観察下での神経幹細胞の移植ルートを検討する。つまり、研究分担者の浦岡、矢作とともに、麻酔した小型豚を用い、上部消化管内視鏡による観察下に、胃幽門部の粘膜下層-筋層境界面に、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の技術を応用し、粘膜下層を小剥離した後に視認下に筋層に向けて、分離・調整した神経幹細胞由来のneurosphereを注入し、本細胞の送達性、生着性に加え分化維持能を検証する。このために、実験用動物の購入・飼育、内視鏡手術、摘出標本での病理組織学的、蛍光顕微鏡学的解析、neurosphereの注入深度や注入量についての基礎的検討のための研究費を使用する。
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