iPS 細胞作出技術の開発により、細胞初期化という現象が、複数の転写因子の強制発現という一見単純な操作で成し遂げられることが判明した。しかし、その過程において生じている分子機序については不明な点が数多く残っており、その解明は幹細胞生物学の重要なテーマである未分化状態の維持機構の理解のみならず、iPS 細胞の再生医療への応用にとっても必要不可欠な課題であり、我々は、IKKβ-NFκB シグナル伝達系を中心としたシグナル伝達系の機能解析に従事してきた経験と iPS 細胞研究所教員兼務という機会を得たことを機に細胞初期化におけるIKK-NFκB シグナル伝達系の関与に関する研究を展開した。その結果、 1)山中因子の導入によって IKK-NFκB が活性化されること 2)Ikkβ遺伝子を欠失させた細胞では初期化の効率が低減すること 3)逆に、構成的活性化型の IKKβを山中因子と共に細胞に導入すると初期化の効率が上昇すること を見出した。更に初期化における IKKβの活性化は ATM キナーゼ依存的であることも見出し、IKKβが細胞への山中因子導入によって生じる oncogenic stress によって活性化され、それを軽減するように作用することで、初期化の効率を高めていると考えられた。では、実際にどのような標的を介して oncogenic stress に対処しているかであるが、候補になる因子は同定できた。山中因子導入による oncogenic stress によって活性化され、それに拮抗して初期化効率を高めるシグナル伝達系を明らかにできたことは、その逆の反応が p53 の経路で制御されていることが山中等を始め世界の数グループによって明らかにされ、Nature 誌に一度に5編の論文が発表されたことからも大変大きな成果であると考える。
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