ヒトの病理解剖検体はすべての臓器組織から充分量の組織を採取でき、大変有用な研究試料となる。一方、死後のヒト臓器組織は経時的に変性がすすむため、核酸を用いた分子生物学的探索には限界が生じる可能性がある。そこで本研究は、死後のヒト臓器組織から変性の進んでいない細胞のみを選別回収して高品質な核酸を抽出し、病理解剖材料を用いた質の高い分子生物学的探究の基盤を確立することを目的とした。1.ヒトの各臓器において、死後時間に応じてどれだけ生細胞が残存しているか明らかにする。2.各臓器において、死後時間に応じたゲノムDNAの劣化の程度を明らかにする。3.各臓器組織から変性の進んでいない細胞のみを選別、回収する方法を検討、開発する。4.病理解剖症例から回収した細胞より抽出したDNAで、エクソンシークエンスを試みる。 その結果、1.死後骨髄細胞に対しFACS解析を実施したところ、死後11時間の症例においても生細胞が存在していた。2.死後骨髄細胞のRNAの質の検討では、Ficollによる単細胞分離の結果、無処理の骨髄よりもRNAの質を向上させることができた。 3.手術による摘出臓器(肺)のDNA劣化について経時的観察を行った結果、4℃保冷下ならば摘出168時間後においても高分子量のゲノムDNAが保たれ、500bp以下の断片化は顕著ではなかった。4.剖検臓器組織について、死後時間に関係なく(最短72分、最長1084分)、高分子量のDNAが保たれ、500bp以下の断片化は顕著ではなかった。5.市販キットを用いて検討した結果、剖検臓器組織におけるDNAは、次世代シークエンスに適応できる質が保たれていた。 以上、今回の研究から、病理解剖で得られた死後臓器組織においては高分子量DNAが保たれおり、次世代シークエンスに適応できる可能性が高いことが明らかとなった。
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