研究課題
ヒト組織内には、外部の種々の化学物質などへの暴露や、また、内部によって生ずるReactive Oxygen Speciesなどによる酸化的DNA障害によりおおくのDNAへの修飾が行われる。もっとも頻度の高いものはCytosineのメチル化であるが、そのほかhydroxymethyl, formyl, carboxylなどの種々の修飾や、また酸化的DNA障害として有名な8-hydroxyguanineなどがある。実際に、ヒト組織から、酸化防止剤のもとにDNAを抽出し、最近ようやくavailableになった高度の解析装置で分析すると、一定のm/zと泳動度をもった多数の修飾核酸が存在することがわかってきた。この手法アダクトーム法を、ヒト胃がんのために手術でとられた胃粘膜に応用に応用し、そこにどのようなDNA修飾(DNA付加体= DNAアダクト)を調べた。環境要因の特異性を反映するかどうかを調べるために、浜松と、中国のなかでも胃がんの頻度の高い安徽省の 蘆江人民医院における胃粘膜とをくらべた。すでに剖検例でみとめられた脂質過酸化物に由来するDNA付加体を7種、ほぼ定量的に同定し得た。いずれも炎症との関わりがいわれているものであるが、本邦の胃粘膜により多くみられた。さらに7種のDNA付加体の量と種類を用いて判別分析を行うと、それによって、本邦と安徽省の胃粘膜を判別できることがわかった。したがって、複数のDNA付加体を定量的に測定することにより、その地域の環境暴露の特性が明らかになることがわかった。7種のDNA付加体の一部は変異原性など発がんとの関わりが知られていたり、推定されたりしている。また、DNA アダクトーム法の結果を具にみると、まだ化学構造の同定されていない安徽省の胃粘膜のほうに多く見られる付加体などがありそれらの解明は最終的には地域別のがんの原因の同定につながる。
1: 当初の計画以上に進展している
アダクトーム法では、同定されている化合物、つまり特定の修飾を受けた核酸塩基は、いまだ一部である。動物実験などでアルキル付加体、芳香族炭化水素による付加体、カビ毒による付加体などがその変異原性とともにほ乳類の発がん機構の原理として長らく信じられてきた。これは、とくに本邦で発展してきた人工発がん実験の成果であるが、いっぽうヒト体内で同じ事がおこっているのか、同じような事がおこっているのか、あるいは異なった機構がはたらいているのかについて、方法論的な制約もあり、間接証拠しかないけど信じるにたる合理性はあるという段階であったと思われる。本研究ももともとは、動物実験などで推定されるO6, N7などと略称されるアルキル化付加体が検出されるのではないか、中国の地方などの食物中のそのような化学物質が胃がんのendemicに影響しているのではないかと期待してはじめたものであるが、それらの付加体は検出されなかった。この事実はわれわれが信じていた化学発がん理論がヒトではあてはまらないのか、原理はあてはまっているが各論的にはことなるのかというあらたな課題を提出したと言う点で当初の計画以上と考えている。さらに、DNA 10^8 bpあたりの付加体個数を単純にblindで判別分析をかけただけで、両地域からのoriginが判別されたというのも意外かつおどろきであった。endogeneousなlipid peroxidation由来とされているDNA付加体の発がんへの影響はまだ直接的証拠が多数あるわけではないが、炎症と発がん、metabolismと発がん、生活習慣病と発がんといった視点が重要視されている今日、非常に重要な視点と広がりを得たと思っている。この付加体が体内でどのように処理されるのか、あるいはそこで発生する腫瘍の分子病理学的性格とどのような関係があるのかなど多くの課題を生んでいる。
アダクトーム法は、本法にそういくつもない高価な質量分析装置があってはじめてできるものではあったが、近年の本学の機器センターの設備の改善などもあり、一部のアダクトが比較的少ないステップで同定されることを確認した。また、化学合成に長けた共同研究者を得て、同位体を用いた標準品を作成して定量性を増すことができるということがわかった。さらに広範に、種々の分子病理学的あるいは分子疫学的な情報を付帯した組織について探索をおこなうことが重要な方策である。また、逆に、アダクトーム解析をおこなった症例に起きた腫瘍での遺伝子変化も、近年次世代シークエンス技術などの出番ともいえる。また、われわれはいくつかこれらの付加体の修復などに関与する酵素群(塩基除去修復、脱メチル化経路にかかわる酵素)などを解析していて、人為的に付加体生成する細胞系や上記の酵素群の多型などを利用した実験系で疾患の発生との関連を機能的に解析するという方向性を考えている。アダクトーム法は、疾病とくにがんの予防という点からはさらに意義は大きく、特殊な環境下で特殊ながんが特殊な頻度で特殊な年齢層に発生するといった事故的な情況(たとえば印刷会社職員に起こってしまった比較的若年の胆道系のがんというような事例がこれにあたる)の組織の解析には威力を発揮するはずである。このような解析には、症例の把握、検体の適切な保存など日頃の意識と努力が必要であるので共同研究体制や、一線の臨床施設への働きかけも重要である。
次年度は、付加体の測定法の小規模な機器を使っての改良と、同位体を用いた標準品の作成、それを用いたヒト組織内での数種の不可体の同定を行う予定で、次年度は、そのためのもとになる同位体化合物の購入、合成にかかる費用、カラムなどの測定費用、DNAseなどの試薬にあてる。 また、修復酵素、修飾酵素(とくにそのvariant) などの大腸菌や昆虫細胞でも蛋白発現をこころみ, 機能解析を行う。のこりの額からいって、これらの一部への使用にとどまると予想している。
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