研究課題/領域番号 |
24659347
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
松本 欣三 富山大学, 和漢医薬学総合研究所, 教授 (10114654)
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研究分担者 |
常山 幸一 富山大学, 大学院医学薬学研究部(医学), 准教授 (10293341)
李 峰 富山大学, 和漢医薬学総合研究所, 助教 (80623016)
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キーワード | 隔離飼育ストレス / ADHD動物モデル / 不注意様行動 / 長期記憶 / 社会性 / 初期増殖応答蛋白質1 / 神経シグナリング系 / 漢方薬 |
研究概要 |
本研究は,隔離飼育ストレス負荷(SIS)動物の示す異常行動が症状,雌雄差,成長後の持続性の点でADHDと良く類似する点に着目し,隔離飼育動物のADHD様症状発症機構と原因分子を明らかにし,漢方薬の作用機序から有効な治療標的の同定と治療薬開発に迫ることを目的とする。2年度目は,以下の成果を得た。 1. 前年度,ADHD様症状発現に関わる可能性が推測されたEgr-1に関し,海馬組織を細胞質と核画分に分けてSISの影響を検討した結果,Egr-1 mRNA量の低下に起因するEgr-1蛋白への翻訳が低下することが判明した。 2. SISで誘導される恐怖条件付け記憶の障害を記憶の獲得と固定の段階で精査したところ,固定過程の障害が認められた。更にSISにより海馬内シナプス可塑性に重要なシグナリング系蛋白であるCREB,CaMKII,及びNMDA/AMPA型グルタミン酸受容体のリン酸化が低下した。 3. 新規物体認知行動試験法の変法を用い,社会性を群居飼育動物と比較検討した結果,SIS動物ではその障害が認められた。 4. 不注意様行動を改善したADHD治療薬メチルフェニデート及び漢方薬・酸棗仁湯は何れもSIS動物の社会性低下を改善したが、長期記憶の障害には無効であった。一方、躁的症状に適用される甘麦大棗湯は社会性低下を改善した。 5. これらの成績から,シナプス可塑性に重要な Egr-1量と神経細胞内シグナリング機能の低下がSIS動物の長期恐怖記憶の障害に関わることが示唆された。また漢方薬酸棗仁湯や甘麦大棗湯がメチルフェニデートに類似した行動薬理学的効果を発現しうることが示唆され、共通の神経機構や発症因子が関与する可能性が推測された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
隔離飼育マウスではADHD様症状として注意力,攻撃性,多動性が観察されるほか、恐怖条件付け試験での長期記憶の障害が認められることを明らかにしてきた。今年度は長期記憶の障害が記憶の固定過程で起こる可能性を見いだすとともに、それがシナプス可塑性に重要な初期増殖応答タンパク質1遺伝子の翻訳と神経細胞内シグナリング機能の低下に起因することを示唆することができた。 これらの成績に加え、新たに隔離飼育マウスにおいて見いだした社会性の低下はADHD治療薬メチルフェニデートのみならず、酸棗仁湯や甘麦大棗湯でも改善されることを明らかにすることができた。一方、これらの薬物は隔離飼育マウスの長期記憶の障害には殆ど無効であった。従ってこれまでの成績から、不注意様行動と社会性低下の発症機構は長期記憶障害とは異なることを更に裏付けることができ、またメチルフェニデートと両漢方薬の作用には共通の神経機構や脳内因子が関わっている可能性を新たに示すことができたと言える。本研究に用いた酸棗仁湯及び甘麦大棗湯は何れも局方生薬を用いて調整し、それらの化学的プロファイリングを和漢薬データベース(http://wakandb.u-toyama.ac.jp/ wiki/Main_Page)に登録した。 以上、現在までの達成度を自己評価すると、隔離飼育ストレス誘発のADHD様症状の多様性と多様な発症機構が明らかになり、当初計画していたADHD発症因子の絞り込みや発症に重要な脳内部位の同定に若干の遅れがある。しかし、メチルフェニデートと数種漢方薬との作用の類似性が新たに解った点は評価に値すると考える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの成績から、離乳期より隔離飼育ストレスを負荷したマウスに発現するADHD様症状、すなわち注意力,攻撃性,運動量亢進,長期記憶能の障害に加え、社会性低下が示唆された。特に不注意様行動及び社会性低下はメチルフェニデートと漢方薬酸棗仁湯等に応答性があり、長期記憶障害とは異なる神経機構で発症することが明らかとなった。そこで最終年度はそれらの症状の違いとメチルフェニデートや漢方薬(酸棗仁湯、甘麦大棗湯)に対する応答性に着目し、以下の項目を精査する予定である。 1)不注意様行動、社会性低下および長期記憶障害に関わる神経機構と発症関連因子を神経薬理学的及び分子薬理学的に解析する。特に不注意様行動や社会性低下に関わる脳部位として前頭前皮質内側部を想定し、ドパミン受容体シグナリング系の役割を精査するほか、小児用漢方薬・抑肝散についての効果も併せて検討する。 2)また恐怖条件付け記憶の障害に関わる部位として中隔,海馬,及び扁桃体を想定し、Egr-1と神経細胞シグナリング系の機能低下に関わる因子と神経機構の解析を行う。 3)漢方薬で有効性が認められたマウスから脳組織を得て,漢方薬由来の脳内移行成分と漢方薬応答性の脳内分子の探索・同定する。
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