損傷乗り越えDNA複製(TLS: TransLesion Synthesis)は,DNA損傷により通常のDNA複製を担うDNAポリメラーゼの進行が阻害された際に,損傷を鋳型としてDNA合成を行える特殊なDNAポリメラーゼを動員し,複製を続行・完了する機構である。 高発がん性遺伝疾患である色素性乾皮症バリアント群の責任遺伝子産物は,DNAポリメラーゼ・イータ(Polη)であり,Polηは主要な紫外線損傷であるシクロブタン型ピリミジン二量体を鋳型として正しいヌクレオチドを重合し,忠実なTLSを担い,細胞や個体の紫外線抵抗性の獲得,発がん防御に重要な役割を果たしている。またPolηは,損傷のないDNAを鋳型として大変誤りがちなDNA合成を行い,免疫グロブリン遺伝子領域の体細胞突然変異の生成にも寄与する。 これまでの報告から,Polηが活性化するためには分子シャペロンHSP90との相互作用が必須であることが示唆されている。また,17-AAGのようなHSP90阻害剤は,Polηの構造を不安定にし,結果としてがん細胞の増殖を抑制するものと考えられている。 本研究では,PolηとHSP90のタンパク質間相互作用の生理的意義を明らかにし,TLS因子の制御機構,および染色体サイクルに関連した未知の機能の解明に繋げたいと考えている。そこで今回は,完全長ヒトPolηの構築,および精製を試みた。Polηは非常に不安定なタンパク質であるが,C末端にHis-tag付加することにより,Polηの精製に初めて成功した。また,抗ウサギPolηの特異的な抗体を得た。その結果,HSP90はPolηの安定化に寄与すること,神経膠腫の中でも最もがんの悪性度が高い膠芽腫で核周辺にHSP90とPolηの強い相互作用が確認できた。一方,悪性度の低い上衣腫では,HSP90とPolηの相互作用は殆ど検出できなかった。
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